武田信玄– tag –
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東海
神岡城跡(飛騨市):越中への道を押さえた支城と、父子で立場が割れた江馬氏
神岡城(かみおかじょう)は、飛騨の北のはずれ、越中との境に近い神岡の町を見おろす城です。永禄七年(一五六四)、武田信玄の意を受けた江馬時盛が築いたと伝わり、高原諏訪城の支城として置かれました。一国一城令で破却され、石垣と堀だけが残ります... -
関東・甲信
安中城:武田信玄の侵攻に長野業政と抵抗した安中忠政の居城 安中城
【城名】 安中城 【安中城の説明】 安中城は現在の群馬県安中市安中にあった平城である。 永禄2年(1559年)、上野国碓氷郡安中に「安中越前守忠政」によって築城されたと伝わる。 安中氏は関東管領職である「上杉憲政」に従っており、箕輪城の「長野業政... -
関東・甲信
屋代城:真田幸隆の調略により村上義清から武田信玄に寝返った屋代正国の居城 屋代城
【城名】 屋代城 【屋代城の説明】 屋代城は長野県千曲市屋代にあった山城である。 永正年間~天文年間あたりに村上氏の一族である屋代氏により築城されたと伝えられている。 戦国時代の当主は「屋代正国」で、天文17年(1548年)に勃発した「武田信玄」と... -
関東・甲信
岩櫃城:武田信玄重臣の真田幸隆が沼田城の支城として治めた岩櫃城
【城名】 岩櫃城 【岩櫃城の説明】 岩櫃城は群馬県吾妻郡東吾妻町にあった山城である。 築城者や築城時期ははっきりしないが鎌倉時代に「吾妻太郎助亮」により築城されたと言われている。 南北朝時代に入ると南朝方の攻撃により当主「吾妻行盛」が戦死し、... -
東海
吉田城(豊橋城):石垣に残る大名家の刻紋と、池田輝政が残した未完の城
【城名】 吉田城 【吉田城の説明】 吉田城(豊橋城)は愛知県豊橋市今橋町にあった城です。 明治維新後は吉田から豊橋と地名の変更があったため、豊橋城とも呼ばれています。 永正2年(1505年)、一色城主「牧野古白」が今川氏親の命により築城したとされ... -
関東・甲信
砥石城(戸石城):武田信玄を見事に撃退した村上義清の支城 砥石城
【城名】 砥石城(戸石城) 【砥石城(戸石城)の説明】 戸石城は、現在の長野県上田市上野にあった山城である。別名で戸石城とも記載される。 築城時期は不明だが、隣接する真田郷の真田氏の出城として築城されたのが始まりとされている。 真田氏は海野一... -
関東・甲信
林城:武田信玄に攻め落とされた信濃守護大名小笠原長時の居城 林城
【城名】 林城 【林城の説明】 林城は長野県松本市にあった信濃守護小笠原氏の居城です。 長禄3年(1459年)府中小笠原家の「小笠原清宗」が築城し代々小笠原家の本拠地なりました。 戦国時代に入ると諏訪上原城主「諏訪頼重」、伊奈高遠城主「高遠頼継」... -
関東・甲信
前橋城(厩橋城):上杉謙信や武田信玄・北条氏政らが争った北条高広の居城 厩橋城
【城名】 厩橋城(前橋城) 【厩橋城(前橋城)の説明】 前橋城(厩橋城)は群馬県前橋市にあった平城である。前橋城と呼ばれるが古くは厩橋城と呼ばれており関東七名城の一つに数えられた。 室町時代中期、箕輪城の長野氏の支城として石倉城が築城された... -
日本100名城
箕輪城跡(高崎市):信玄が業正を越えられなかった土の大城郭と、井伊直政が積んだ石垣
箕輪城は上野西部の要として、長野氏が武田信玄の侵攻を何度も跳ね返した城です。城主の長野業正が世を去ると、ほどなく武田の手に落ちました。その後は武田、織田、北条と主が替わり、最後に井伊直政が入って石垣を備えた城へと造り替えます。土でできた... -
歴史ブログ
浅井長政 中編:織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編
■ 日本の歴史ブログ 織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編 元亀元年(1570年)信長が浅井長政と交わした「朝倉への不戦の誓い」を破り、徳川家康と共に琵琶湖西岸を通過して越前国の朝倉方の城を攻め始めた。 長政は朝倉義景との同盟関係を... -
東海
野田城:今川家や武田信玄に攻められ2度の降伏をした菅沼定盈の野田城
【城名】 野田城 【城の説明】 野田城は愛知県新城市にあり戦国時代初期に菅沼氏によって築かれた。 本丸、二の丸、三の丸があり、天然の要害として知られていた。 もともと今川氏に従っていた「菅沼定盈」は桶狭間の戦い後に離反するが、同時に今川軍に攻... -
関東・甲信
葛尾城跡(坂城町):信玄を二度破った村上義清が、それでも城を捨てた理由
葛尾城は千曲川を見下ろす標高八百メートルの山上にあり、北信濃で最大の勢力を誇った村上義清の居城でした。義清は上田原と砥石で武田晴信を二度も打ち破っています。それでも最後には城を捨てて越後へ落ち、上杉謙信を頼りました。負けたのは戦ではなく... -
歴史ブログ
戦国武将の人情(武田信玄 編)
■ 日本の歴史ブログ 戦国武将の人情(武田信玄 編)【日本の歴史ブログ】 武田信玄には人の使い方についての温かい話が残っています。岩間という部下は臆病もので、合戦の度に泣きわめいて、「俺は死にたくない!戦には行きたくない!」というのでした。 ... -
歴史ブログ
川中島の戦い(後編):上杉謙信と武田信玄の大合戦 啄木鳥の戦法(後編)
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 戦国史上あまりにも有名な川中島の戦い “後編” をご紹介させて頂きます。前編では武田軍に悟られないように上杉謙信が妻女山を降りてきたところで終わりました。 十日朝、武田本隊の目の前に突如上杉軍一万三千が陣取っ... -
歴史ブログ
川中島の戦い(前編):上杉謙信と武田信玄 戦国史に残る大合戦
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が北信濃の覇権を争って激突した合戦が川中島の戦いです。合計五回の戦いが行われており、中でも永禄四年(1561年)九月の第四次は激烈な戦闘となった。 上杉軍は八月十六日、五千の兵を... -
日本100名城
躑躅ヶ崎館跡(武田神社):信玄が天守も高石垣も持たなかった館と、背後に構えた要害山城
甲府市古府中町の躑躅ヶ崎館跡は、武田信虎がこの地に本拠を移してから、信玄・勝頼と三代およそ六十年にわたって甲斐の国を動かした場所です。天守もなければ高石垣もなく、土塁と堀に囲まれた方形の区画が並ぶだけの姿は、同じ日本100名城のなかでも異質... -
日本100名城
甲府城:武田信玄・勝頼滅亡後新たに築城された関東の要地 甲府城
【城名】 甲府城 【城の説明】 甲府城は山梨県甲府市にあった城です。現在の甲府市中心街の一条小山に築城された平山城で、別名「舞鶴城」と呼称され山梨県の史跡に指定されています。甲斐の国では戦国期から甲府が政治的中心地となり躑躅ヶ崎館(武田氏居... -
関東・甲信
上原城:諏訪頼重ら名族諏訪氏が代々居城とした上原城
【城名】 上原城 【城の説明】 上原城は、信濃国諏訪郡(現:長野県茅野市ちの上原)にあった諏訪氏の山城である。(長野県指定史跡)諏訪氏は上原城の近くに支城として桑原城も築いていた。 また、諏訪氏は代々諏訪神社上社大祝(おおほうり)を司った家...
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