北条征伐– tag –
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関東・甲信
松井田城:北条征伐では北条家重臣大道寺政繁が3ヶ月も籠城戦を展開した松井田城
【城名】 松井田城 【松井田城の説明】 松井田城は群馬県安中市松井田町高梨子にあった戦国時代の山城である。 築城時期は明確ではないが永禄元年(1560年)頃と言われており、この地を治めていた安中氏の一族によって築かれた。 長享元年(1487年)に「安... -
関東・甲信
小見川城:秀吉の北条征伐で共に滅びた粟飯原氏の居城 小見川城
【城名】 小見川城 【小見川城の説明】 小見川城は現在の千葉県香取市小見川町(小見川公園)にあった平山城である。 築城時期は不明だが建久年間に千葉氏の一族の「粟飯原朝秀」により築城されたと伝わっている。 永禄3年(1560年)、里見義堯の重臣「正... -
関東・甲信
小机城:北条氏堯や北条三郎が城主となり北条征伐後に廃城となった小机城
【城名】 小机城 【小机城の説明】 小机城は神奈川県横浜市港北区小机町にあった平山城である。 永享年間の頃に関東管領上杉氏によって築城されたとされるが正確な築城時期は分かっていない。 文明10年(1478年)、山内上杉氏の宰領であった長尾家の「長尾... -
関東・甲信
臼井城跡(佐倉市):上杉謙信が落とせなかった土の城 土橋と空堀が語る守りの設計
臼井城とは 臼井城は、印旛沼の南岸に張り出した台地に築かれた中世の城である。千葉氏の一族・臼井氏の居城として始まり、戦国期には家臣の原氏が実権を握った。 石垣は一つもない。土塁と空堀と地形だけで造られた、関東らしい土の城である。その城が、... -
東海
長浜城跡(沼津市):入り江に船を隠した北条水軍の城と、戦わずに退いた理由
長浜城(ながはまじょう)は、駿河湾にのぞむ断崖の上に築かれた水軍の城です。沼津市の内浦にあり、入り江に船を隠せる地形でした。北条氏に仕えた大川氏が拠り、武田氏が沼津に城を築くと、これに対する備えとして改修されます。駿河湾の海戦にも関わり... -
関東・甲信
小山城(祇園城):北条氏照の攻撃により落城し北条征伐にて改易 小山秀綱の小山城
【城名】 小山城 【小山城の説明】 小山城は栃木県小山市城山町にあった平山城で別名「祇園城」と呼ばれている。 城の築城は久安4年(1148年)に「小山政光」によって築かれたと伝えられている。 小山氏は武蔵国に領地を持つ「藤原秀郷」の後裔と称した太... -
関東・甲信
玉縄城:北条早雲が築城し北条征伐の際には城主北条氏勝が降伏・開城した玉縄城
【城名】 玉縄城 【玉縄城の説明】 玉縄城は神奈川県鎌倉市玉縄地域城廻にあった平山城である。 永正10年(1513年)、北条早雲(伊勢盛時)により築かれ城の外堀が柏尾川と直結し、相模湾まで舟を繰り出すことが可能だったので水軍を統括する重要な拠点だ... -
関東・甲信
真里谷城:豊臣秀吉の北条征伐で徳川軍により落とされた真里谷信高の居城 真里谷城
【城名】 真里谷城 【真里谷城の説明】 真里谷城は千葉県木更津市真里谷にあった山城である。 上総武田氏の祖「武田信長」が築城したと伝えられており、この「真里谷城」と「庁南城(長南町)」を拠点として上総一帯に勢力を広げた。 もともと上総国は関東... -
関東・甲信
大胡城:豊臣秀吉の北条征伐で没落した大胡高繁の大胡城
【城名】 大胡城 【大胡城の説明】 大胡城は群馬県前橋市河原浜町にあった中世の平山城である。 築城時期は不明だが、藤原秀郷の子孫であり大胡周辺に勢力を張っていた大胡氏により築城されたと言われている。 その支城には大胡氏の一族で剣聖で著名な「上... -
東海
韮山城:豊臣秀吉の北条征伐に果敢な籠城戦を展開した北条氏規の居城 韮山城
【城名】 韮山城 【韮山城の説明】 韮山城は静岡県伊豆の国市韮山にあった室町時代後期から戦国時代にかけての平山城である。 築城時期ははっきりしていないが文明年間(1469年~1486年)に堀越公方「足利政知」の家臣「外山豊前守」が城を築いたのが始ま... -
関東・甲信
喜連川城(大蔵ヶ崎城):五千石で十万石格、参勤交代をしなかった足利の末裔
栃木県さくら市喜連川の「お丸山」に残るのが喜連川城、別名大蔵ヶ崎城です。中世には塩谷氏の山城でしたが、小田原征伐で主を失って廃城になりました。そのあとに入ったのが、足利将軍家の血をひく喜連川氏。石高はわずか五千石ほどなのに、幕府から十万... -
関東・甲信
深谷城:豊臣秀吉の北条征伐で開城するまで深谷上杉氏の居城だった 深谷城
【城名】 深谷城 【深谷城の説明】 深谷城は現在の埼玉県深谷市本住町にあった平城である。 康正2年(1456年)、深谷上杉氏の「上杉房顕」が築城したのが始まりとされている。 戦国時代の中期、北条氏が徐々に武蔵の国にまで侵攻してくるようになると、天... -
日本100名城
鉢形城:秀吉の北条征伐では一ヶ月に及ぶ籠城戦を繰り広げた北条氏邦の鉢形城
【城名】 鉢形城 【小高城の説明】 鉢形城は埼玉県大里郡寄居町大字鉢形にあった平山城である。 上野国の管領山内上杉氏の重臣、長尾景信の跡を次男「長尾忠景」が継いだことで嫡男「長尾景春」が怒り、古河公方「足利成氏」と手を組んだ。 この時、景春が... -
北海道・東北
石川城(三芦城):豊臣秀吉の北条征伐に参陣せずに改易された石川昭光の居城 石川城
【城名】 石川城(三芦城) 【石川城(三芦城)の説明】 石川城(三芦城)は福島県石川郡石川町にあった城です。 平安時代後期に「石川有光」が白川郡に藤田城を築いたのが始まりとされ、その後水利を活かせるこの地に館を築いたのが石川城(三芦城)始ま... -
関東・甲信
東金城跡:酒井氏が守った上総の城と、麓に通された御成街道
東金城は上総の国衆、東金酒井氏が拠った城です。里見氏と北条氏のあいだで揺れ、最後は北条方として小田原に籠もり、敗戦とともに所領を失いました。城は廃されましたが、その麓は徳川の世に思わぬ形で表舞台に戻ります。家康と秀忠が鷹狩りのために東金... -
関東・甲信
土気城跡(千葉市緑区):台地を断ち切る土塁と、寺を一宗にまとめた酒井氏
土気城(とけじょう)は、上総の台地の先端に築かれた城です。千葉氏の流れをくむ土気氏が築き、のちに酒井定隆が奪って本拠としました。定隆は領内の寺を日蓮宗に改めさせたと伝えられ、その名残が今もこの地域の寺の分布に残っています。里見と北条のあ... -
関東・甲信
石垣山城(石垣山一夜城):豊臣秀吉が小田原城の北条征伐の際に築城させた石垣山城
【城名】 石垣山城(石垣山一夜城) 【石垣山城(石垣山一夜城)の説明】 石垣山城は神奈川県小田原市早川にあった山城である。 天正18年(1590年)、豊臣秀吉が小田原征伐を行った際に小田原城へ籠城した北条氏の意表を突くため、城兵に気付かれないよう... -
歴史ブログ
津軽為信 早い者勝ちで見事に独立大名へ
■ 日本の歴史ブログ 津軽為信 早い者勝ちで見事に独立大名へ 津軽為信は陸奥の国を治める南部氏の家臣だった。 しかし、南部家が隣国の秋田家(安東家)と激しい争いをしている間にどんどん津軽地方を統一。 ついには強大な武力と権力を駆使して主家に背く... -
戦国時代
倉賀野城:上杉憲政に従属 その後北条氏に従属し北条征伐の際に倉賀野秀景が降伏 倉賀野城
【城名】 倉賀野城 【城の説明】 倉賀野城は現在の群馬県高崎市にあった城です。利根川の河川に近く中山道からも近い重要な地を占めていました。城主は鎌倉時代から続づく「倉賀野氏」で由緒ある家柄であった。戦国時代には西上野の重要な拠点として関東管... -
関東・甲信
笠間城跡(佐白山):茨城県唯一の石垣が残る山城と、赤穂浪士を生んだ浅野家二十三年
※この記事のイラストは、当時の様子を描いたイメージです。 笠間城とは 笠間城は、常陸国笠間の佐白山(標高約205メートル)に築かれた山城である。承久元年(1219)に笠間時朝が築いたと伝えられ、以後およそ三百七十年にわたって笠間氏の本拠となった。 ...
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