小松藩/一柳家1万石:一柳頼明 戊辰戦争では新政府軍に加わり北越戦争を戦った小松藩【幕末維新写真館】

小松藩/場所・アクセス・地図 一柳家1万石:一柳頼明 戊辰戦争では新政府軍に加わり北越戦争を戦った小松藩【幕末維新写真館】
5/5 (1)

【藩名】
小松藩

【説明】
伊予国東部には、西から小松藩・西条藩・川之江藩(小野藩)と一柳家の兄弟の所領が連なることとなったが、寛永19年(1642年)に小野藩の直家が没すると伊予国内の所領1万8600石が幕府に没収されて天領となった。寛文5年(1665年)には西条藩の「一柳直興(直重の子)」が改易され、伊予国には小松藩のみが残ることとなった。

第8代藩主「一柳頼紹」の時代に幕末の動乱期を迎え、慶応4年(1868年)の「戊辰戦争」においては新政府軍に加わり、藩兵51人が出兵した。小松藩兵は京都で明石藩・小野藩・三日月藩・足守藩などの諸藩兵と合流し、ともに越後に出兵して新潟・長岡・村上などを転戦した(北越戦争)。この中で戦死者1名・重傷者1名・軽傷者1名を出している。

明治2年(1869年)6月、版籍奉還にともない頼紹は小松藩知事に任命されたが、間もなく病没している。その後「一柳頼明」が藩知事を継いだが、明治4年(1871年)7月、廃藩置県によって小松藩は廃止され小松県となった。小松県は同年のうちに廃され、松山県・石鉄県を経て愛媛県に編入された。

【場所・アクセス・地図】






※※こちらの史跡のあなたの評価は?※※

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

口コミ情報 ~この史跡についてあなたが知っている情報をどんどんコメントして下さい~

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


ご挨拶

本ホームページは個人が趣味の範囲で公開しております。説明文や文言等が正確ではない部分もあるかとは思いますがご了承下さい。
ページ上部へ戻る