所在地– tag –
-
四国
宇和島城:藤堂高虎が築いた海城と高さ十三メートルの石垣、伊達家が建てた現存天守
宇和島城(うわじまじょう)は、愛媛県宇和島市にある城で、築城の名手・藤堂高虎が築いた海城です。かつては城の西半分が宇和海に接し、石垣が波打ち際から立ち上がっていました。高虎の時代のものとされる高さ約十三メートルの野面積みの石垣が今も残り... -
九州・沖縄
人吉城:相良氏が35代支配し西南戦争時は西郷軍の拠点となる人吉城
【城名】 人吉城 【城の説明】 人吉城は熊本県人吉市麓町にあった平山城である。鎌倉時代に相良氏が地頭として人吉荘に赴任して以来35代の長きにわたり在城し、江戸時代には人吉藩の政庁があった。現在は国の史跡に指定されている。源頼朝に仕えた遠江国相... -
国宝天守
彦根城:国宝天守と天秤櫓 井伊家三十五万石の城と近江の城から集めた建材
彦根城とは 彦根城は、徳川譜代筆頭の井伊家が代々居城とした近江の平山城である。天守は現存十二天守の一つで、姫路・松本・犬山・松江とならぶ国宝五城。江戸期の櫓・門・馬屋・庭園がまとまって残り、堀もほぼ完全な形で伝わる稀な例である。 日本100名... -
国宝天守
犬山城:三度落ちた国宝天守と、日本で唯一「個人が持っていた城」だった理由
この記事のポイント国宝五城の一つで、木曽川の断崖に建つ現存天守です。戦国期に三度落城しています。守りが固い城が、三度とも短期で落ちました。江戸期の城主・成瀬家は「付家老」という、大名とも家臣ともつかない立場でした。成瀬家が大名と認められ... -
北陸
新発田城跡:三匹の鯱が載る丁字形の三階櫓と、上杉に背いた新発田重家の六年
新発田城は越後平野の北、新発田川の流れを取り込んで築かれた平城です。天守はなく、その代わりに本丸の隅に立つ三階櫓が城の象徴になっています。屋根が丁字形に組まれ、鯱が三匹載るという全国でもほかに例のない櫓で、しかもその姿は復元されたいま、... -
国宝天守
松本城(深志城):現存最古の五重六階天守と、戦国の櫓と月見櫓が同居する理由
城名 松本城(旧深志城) 松本城(旧深志城)の説明 松本城は戦国時代には「深志城」と呼ばれていました。築城者は元「徳川家康」重臣であった「石川数正」とされています。しかし、深志城と呼ばれていた時代から信濃守護の小笠原氏一族の居城として一時代... -
歴史ブログ
川中島の戦い(後編):上杉謙信と武田信玄の大合戦 啄木鳥の戦法(後編)
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 戦国史上あまりにも有名な川中島の戦い “後編” をご紹介させて頂きます。前編では武田軍に悟られないように上杉謙信が妻女山を降りてきたところで終わりました。 十日朝、武田本隊の目の前に突如上杉軍一万三千が陣取っ... -
九州・沖縄
吉野ヶ里遺跡:弥生人がV字の壕で囲んだ四十ヘクタールと、天守も石垣もない遺跡が日本100名城に選ばれた理由
吉野ヶ里遺跡は、佐賀平野の北のへりに残る弥生時代の集落跡です。天守もなければ石垣もありませんが、日本100名城の八十八番に選ばれています。理由ははっきりしていて、ここが人の攻撃に備えて土地をまるごと囲いこんだ、日本でもっとも早い時期の痕跡だ... -
中国
福山城跡:福島正則の改易のあとに水野勝成が三年で築いた城と、北側だけ鉄板を張った天守
福山城は、戦国が完全に終わったあとに築かれた、日本でも最後の時期にあたる近世城郭です。きっかけは福島正則の改易でした。安芸・備後五十万石を取り上げられた正則の跡へ、徳川譜代の水野勝成が備後十万石の領主として入り、三年をかけてこの城を構え... -
史跡・銅像
大石内蔵助:討ち入りを最後まで選ばなかった男 赤穂藩筆頭家老の一年九ヶ月
泉岳寺の大石内蔵助銅像。手にしているのは連判状である。 この記事のポイント 大石内蔵助良雄は赤穂藩の筆頭家老。石高は千五百石 浅野家が断絶したあと、彼が最初に目指したのは討ち入りではなく御家再興だった 元禄十五年七月十八日、幕府が浅野長広の... -
寺・神社
泉岳寺:浅野内匠頭以下赤穂浪士47名が眠る東京都港区の泉岳寺
※この記事のイラストは、当時の様子を描いたイメージです。 【写真タイトル】 浅野内匠頭以下赤穂浪士47士が眠る東京都港区泉岳寺 ※大石内蔵助像 ※泉岳寺へ引き揚げる赤穂浪士(イメージ) ■ 赤穂浪士のお城「赤穂城」 https://www.jp-history.info/castle/... -
関東・甲信
葛西城:奥州へ土着した葛西氏発祥の地 戦国時代には遠山綱景の城 葛西城
【城名】 葛西城 【城の説明】 葛西城は現在の東京都葛飾区青戸にあった城である。 築城者、築城年代は不明だが、桓武平氏の流れをくむ葛西氏が鎌倉期に城館として築いたとされる。中川の天然の堀として背後に持つ平城で、戦国期には下総国への重要な進出... -
関東・甲信
石神井城:太田道灌により落城 豊島泰経・泰明が治めた武蔵国練馬の名城石神井城
【城名】 石神井城 【城の説明】 石神井城(しゃくじいじょう)は東京都練馬区石神井台にあった城である。平安時代から室町時代まで石神井川流域に勢力を張った「豊島氏」の後期の居城であり、長尾景春の乱で没落するまで豊島氏が居城であった。 築城年代... -
関東・甲信
世田谷城:東京の住宅街に埋もれた足利一族 吉良氏朝の居城 世田谷城
※この記事のイラストは、当時の様子を描いたイメージです。 【城名】 世田谷城 【城の説明】 世田谷城は現在の東京都世田谷区豪徳寺にあった城です。世田谷城は吉良氏によって築かれた平山城で、足利氏と祖を同じとする名族とされています。貞治5年(1366... -
関東・甲信
滝山城:北条氏の関東支配の拠点 北条氏照の居城 滝山城
【城名】 滝山城 【滝山城の説明】 滝山城は、現在の東京都八王子市丹木町にあった中世城郭跡である。永正18年(1521年)山内上杉氏の重臣で、武蔵国の守護代大石定重が築城し、高月城から移ったと言われている。 天文15年(1546年)北条氏康が河越の夜戦... -
日本100名城
八王子城跡:関東では珍しい石垣の山城と、御主殿から出たベネチアのガラス
【城名】 八王子城 【城の説明】 八王子城は、武蔵国(東京都八王子市元八王子町)にあった城です。北条氏の本城である小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点でした。八王子城は標高445mの深沢山(現在の城山)に築城されており、典型的な... -
日本100名城
小田原城:九キロの総構で町ごと囲んだ北条五代の城と、天守が語る江戸の小田原
小田原城は北条氏五代の本拠として関東に君臨し、上杉謙信も武田信玄も落とせなかった城です。町ごと囲む総構の長さはおよそ九キロにおよび、戦国の城としては国内最大級でした。いま天守が建つ本丸は、その総構のごく一部にすぎません。江戸時代には大久... -
日本100名城
甲府城:武田信玄・勝頼滅亡後新たに築城された関東の要地 甲府城
【城名】 甲府城 【城の説明】 甲府城は山梨県甲府市にあった城です。現在の甲府市中心街の一条小山に築城された平山城で、別名「舞鶴城」と呼称され山梨県の史跡に指定されています。甲斐の国では戦国期から甲府が政治的中心地となり躑躅ヶ崎館(武田氏居... -
九州・沖縄
岡城:瀧廉太郎「荒城の月」で有名な九州の天空の城 岡城
【城名】 岡城 【城の説明】 岡城は豊後国直入郡竹田(大分県竹田市大字竹田)にあった山城である。別名「豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)」とも呼ばれる。岡城の築かれた天神山は標高が325メートルあり、典型的な山城である。 この城は、元々あった「木... -
国宝天守
姫路城:白壁が美しい白鷺城 ユネスコ世界遺産 現存天守国宝 姫路城
【城名】 姫路城 【城の説明】 姫路城は元々は播磨国御着城主小寺家の家老黒田氏の居城であった。黒田氏はこの地で着々と実力をつけていき、天下の中央で織田家の力が強大となりいよいよ中国地方の毛利攻めをする際、主君「小寺政職」に織田家に付くよう進...
12
