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大洲城:宇都宮氏から藤堂高虎・脇坂安治・加藤嘉明へと城主が変わった大洲城(復元木造天守)
【城名】 大洲城 【城の説明】 大洲城は現在の愛媛県大洲市大洲にあった城である。伊予の守護「宇都宮氏」がこの地に築城したのだが大洲城の始まりとされている。南伊予の宇都宮氏は中国地方を制覇した毛利氏の侵攻により一度は降り、その後四国統一を目指... -
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中村城跡:京から下った一条家が築いた城と、助けた家に奪われた百年
この記事のポイント中村城は、京の摂関家・一条家が土佐へ下ってきて築いた城です。その一条家が、落ちぶれていた長宗我部を助けました。助けられた家の孫が、のちにこの城を奪います。見取図には十以上の門の名が並び、東・西・北の三の丸を持つ大規模な... -
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松山城:加藤嘉明により築城 国指定重要文化財の連立式天守が美しい伊予松山城
【城名】 松山城 【松山城の説明】 松山城は愛媛県松山市にあった城である。別名を金亀城(きんきじょう)勝山城(かつやまじょう)と呼ばれ「日本三大平山城」にも数えられている。山頂にある天守は日本の12ヶ所に存在する天守の一つである。各地の松山城... -
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高松城:日本最大の海城 生駒親正・松平家が居城とした日本100名城 高松城
【城名】 高松城 【高松城の説明】 高松城は、香川県高松市玉藻町にあった城である。別名「玉藻城」とも呼ばれ国の史跡に指定されている。豊臣秀吉の四国制圧の後、天正15年(1587年)讃岐の領主となった「生駒親正」によって「野原」と呼ばれた港町に築か... -
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浦戸城跡:長宗我部の天守があった城と、一領具足が渡すまいとした最後の場所
この記事のポイント浦戸城は、長宗我部元親が晩年に本拠を移した城です。天守がありました。山城の岡豊にはなかったものです。天守跡と石垣が高知市の史跡に指定されています。長宗我部が改易されたとき、一領具足たちがこの城の引き渡しを拒んで蜂起しま... -
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丸亀城:日本一高い四段の石垣と、現存十二天守でいちばん小さい天守
丸亀城は、石垣の高さが日本一といわれる城です。ただしこれは一枚の壁が六十メートルあるという意味ではなく、麓から本丸まで四段の石垣を積み重ね、その総高が六十メートル前後になるという意味。下から見上げると、扇の曲線を描いた石の壁が何段も重な...
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