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日和佐城:長宗我部元親の重臣(弟)香宗我部親泰の侵攻で降伏した日和佐氏の日和佐城
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ 【城名】 日和佐城 【日和佐城の説明】 日和佐城は阿波国、現在の徳島県海部郡にあった城である。城の築城に関して... -
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徳島城跡:阿波青石で積まれた石垣と、上田宗箇がつくったと伝わる庭
徳島城の石垣は、青い色をしています。阿波青石と呼ばれる緑色片岩を積んでいるからで、雨に濡れるとその青みがさらに濃くなります。城を築いたのは蜂須賀家政。秀吉の四国攻めの恩賞として阿波一国を与えられ、吉野川の河口に近い渭山(いのやま)とその... -
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能島城:村上源氏の末裔で村上水軍を率いた村上武吉の水軍城 能島城
【城名】 能島城 【城の説明】 能島城は村上源氏の当主「村上武吉」が率いる瀬戸内海の村上氏の居城である。もともとは伊予河野家との繋がりが深いが戦国時代に入ると半独立した形の存在であった。 毛利元就がまだ弱小で「陶晴賢」と厳島の戦いでは最後の... -
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大洲城:古写真とひな型模型が支えた木造復元天守と、江戸のまま残る台所櫓・高欄櫓
大洲城の天守は、鉄筋コンクリートではありません。木で組まれた四重四階の天守で、戦後に建てられた木造復元天守としては最大級のものです。しかも「だいたいこんな形だったろう」という想像で建てたのではなく、解体前の古写真と、江戸時代につくられた... -
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今治城:堀に海水を引きこんだ日本三大水城と、藤堂高虎が砂地に築くために考えた犬走り
今治城の堀の水は、海水です。瀬戸内の海から直接引きこんでいるので潮の干満で水位が上下し、堀にはクロダイやボラが泳いでいます。築いたのは藤堂高虎。城内に船着き場を設けて軍船が直接出入りできるようにし、海に面した側だけを高石垣で固めました。... -
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中村城跡:京から下った一条家が築いた城と、助けた家に奪われた百年
この記事のポイント中村城は、京の摂関家・一条家が土佐へ下ってきて築いた城です。その一条家が、落ちぶれていた長宗我部を助けました。助けられた家の孫が、のちにこの城を奪います。見取図には十以上の門の名が並び、東・西・北の三の丸を持つ大規模な... -
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伊予松山城:連立式の本壇と二十一棟の重要文化財、現存十二天守でいちばん新しい天守
伊予松山城は、現存十二天守のひとつでありながら、そのなかで最も新しい天守を持つ城です。加藤嘉明が築いたときの天守は五層でしたが、次の代で三層に改められ、その建物も落雷で焼けました。いま建っているのは幕末に再建されたものです。つまり「現存... -
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高松城跡(玉藻公園):堀に潮が満ちる日本三大水城と、海へ開く水手御門
高松城は瀬戸内海に直接面して築かれた城で、三重の堀すべてに海水が引き込まれています。堀に鯛が泳ぎ、城の北側には海へ開く門がそのまま残る、日本でも数えるほどしかない海の城です。天守はすでになく、明治の半ばに老朽化のため解体されましたが、月... -
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浦戸城跡:長宗我部の天守があった城と、一領具足が渡すまいとした最後の場所
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ この記事のポイント浦戸城は、長宗我部元親が晩年に本拠を移した城です。天守がありました。山城の岡豊にはなかった... -
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丸亀城:日本一高い四段の石垣と、現存十二天守でいちばん小さい天守
丸亀城は、石垣の高さが日本一といわれる城です。ただしこれは一枚の壁が六十メートルあるという意味ではなく、麓から本丸まで四段の石垣を積み重ね、その総高が六十メートル前後になるという意味。下から見上げると、扇の曲線を描いた石の壁が何段も重な...
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