彦根城:国宝天守と天秤櫓 井伊家三十五万石の城と近江の城から集めた建材

目次

彦根城とは

彦根城は、徳川譜代筆頭の井伊家が代々居城とした近江の平山城である。天守は現存十二天守の一つで、姫路・松本・犬山・松江とならぶ国宝五城。江戸期の櫓・門・馬屋・庭園がまとまって残り、堀もほぼ完全な形で伝わる稀な例である。

日本100名城第50番。〒522-0061 滋賀県彦根市金亀町。

彦根城の表門橋

内堀に架かる表門橋。ここから天守へ向かう登城道が始まる(滋賀県彦根市)

佐和山を嫌った井伊家

慶長五年(1600)の関ヶ原の戦功により、井伊直政は近江佐和山十八万石を与えられた。だが直政は佐和山城に本拠を置くことを望まなかった。石田三成の居城であり、山城で城下の発展にも限りがあったためである。

直政は琵琶湖に近い磯山への移転を構想したが、慶長七年(1602)に没する。関ヶ原で島津勢を追撃した際の傷が癒えなかったとされる。構想を引き継いだ嫡男・直継が、慶長八年(1603)から彦根山(金亀山)に新しい城を築きはじめた。

築城は幕府の指示による助役、いわゆる天下普請で行われ、近隣諸国の大名が動員された。慶長十一年(1606)に天守が完成し、城全体が整うのは元和八年(1622)。実に二十年近い工事である。

近江の城を集めて建った城

彦根城の面白さは、建物の多くが他所からの移築と伝えられる点にある。天守は京極高次が籠城戦を戦った大津城から、天秤櫓は長浜城の大手門から、太鼓門櫓は佐和山城から運ばれたという。西の丸三重櫓は小谷城の天守を移したものだとする伝承もある。

大津城、長浜城、佐和山城、小谷城。いずれも近江で滅びた、あるいは役目を終えた城である。関ヶ原に勝った家の城は、近江の敗者たちの建材を集めて組み上げられていたことになる。もっとも当時の感覚では資材の再利用は当たり前で、そこに感傷はない。むしろ、まだ使える建物を解体して新しい城に組み直すという実務の徹底ぶりが見える。

彦根城の天秤櫓と石垣

天秤櫓を支える高石垣。左手に廊下橋が架かる

橋を落とせば、道が絶える

登城道を進むと、深い堀切に架かる廊下橋の先に天秤櫓が現れる。中央の橋を挟んで左右に櫓が伸びる形が天秤に似ることからこの名がある。左右対称の構えは他に例がないとされる。

彦根城の廊下橋

廊下橋を下から見上げる。有事にはこの橋を落として本丸への道を断つ設計だった

この橋は、いざというとき落とすためのものである。橋を失えば、堀切を越えて本丸へ向かう道はなくなる。平和な時代に築かれた城でありながら、実戦の想定はきちんと残されている。

さらに進むと太鼓門櫓がある。この櫓は背面が壁ではなく開放された高欄付きの廊下になっており、全国的にも珍しい構造として知られる。

彦根城の太鼓門櫓

本丸の入口を守る太鼓門櫓。佐和山城からの移築と伝えられる

国宝の天守

天守は三重三階と小ぶりだが、切妻破風、入母屋破風、唐破風を重ねて配し、二階と三階には花頭窓を並べる。装飾の密度が高く、見る角度によって表情が変わる。規模で圧倒するのではなく、意匠で見せる天守である。

彦根城の国宝天守

国宝・彦根城天守。三重三階、破風を多用した装飾性の高い意匠

天守の建つ本丸からは琵琶湖と対岸の山並みが見渡せる。城が湖と街道の両方を押さえる位置に置かれたことが、立てばすぐに分かる。

大老を五人出した家

井伊家は徳川譜代の筆頭として最終的に三十五万石を領し、幕府の大老を五人輩出した。赤一色で統一した軍装、いわゆる井伊の赤備えは徳川軍の象徴でもあった。

最も知られるのは十五代・井伊直弼だろう。藩主の十四男として部屋住みの時代を過ごし、その埋木舎の暮らしから一転して大老となり、日米修好通商条約の調印と安政の大獄を断行、万延元年(1860)に桜田門外で暗殺された。

木俣屋敷跡の石柱

城下に残る家老・木俣家の屋敷跡。木俣家は一万石を領した井伊家筆頭家老

廃城を免れた城

明治の廃城令により、全国の城は次々と解体された。彦根城も同じ運命をたどるはずだったが、明治十一年(1878)の北陸巡幸で当地を訪れた明治天皇に対し、大隈重信が保存を進言したことで取り壊しを免れたと伝えられる。

この一件がなければ、現在の国宝天守も天秤櫓も残っていない。堀を含む城郭の全体像がこれほど良好に伝わる城は少なく、世界遺産の暫定リストにも記載されている。

彦根城の堀

城を巡る堀。水堀と土塁、石垣がほぼ往時のまま残る

彦根城の現地写真

彦根城・場所・アクセス

〒522-0061 滋賀県彦根市金亀町1-1
JR東海道本線(琵琶湖線)「彦根駅」から徒歩約15分。名神高速 彦根インターから車で約10分。日本100名城 第50番。

表門・大手門・黒門の三か所から登城できる。天守のほか、天秤櫓、太鼓門櫓、西の丸三重櫓、馬屋、そして大名庭園の玄宮園・楽々園まで見て回ると、半日は見ておきたい。

彦根城ゆかりの城

  • 大津城(滋賀県大津市)… 関ヶ原の前哨戦で京極高次が籠城した城。天守が彦根へ移されたと伝わる
  • 長浜城(滋賀県長浜市)… 秀吉が築いた城。大手門が天秤櫓に転用されたと伝わる
  • 小谷城(滋賀県長浜市)… 浅井氏の居城。西の丸三重櫓の前身とする伝承がある
  • 井伊谷城(静岡県浜松市)… 井伊氏発祥の地。直政はここから出た
  • 安土城(滋賀県近江八幡市)… 近江の城づくりの出発点となった信長の城

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