築城– tag –
-
歴史ブログ
伊達政宗はなぜ仙台城に天守を建てなかったのか:六十二万石が選んだ「見せない権威」
この記事のポイント 仙台城には天守がない。焼けたのではなく、最初から建てられなかった 理由は「徳川への配慮」だけではない。断崖の地形と大広間という別の権威の見せ方が揃っていた 天守を持たない・再建しない城は各地にある。水戸城、相馬中村城、金... -
北陸
勝山城(越前):柴田勝家の一族柴田勝安が築城した越前勝山城(模擬天守)
【城名】 勝山城(越前) 【勝山城の説明】 越前勝山城は現在の福井県勝山市にあった平城である。 柴田勝家が主君「織田信長」より越前国を拝領すると勝家は一族の「柴田勝安」に勝山城の築城を命じた。 勝家が滅び「豊臣秀吉」が天下を握ると、次々と城主... -
関東・甲信
上田城:真田昌幸が築城し徳川軍を散々苦しめた上田城
【城名】 上田城 【上田城の説明】 上田城は長野県上田市二の丸にあった梯郭式平城である。 築城時期は天正11年(1583年)、信濃国小県の真田本城主の「真田昌幸」が天正11年~天正18年にかけて築城したと伝わる。 上田城が一躍有名になったのが、天正13年... -
天空の城
赤木城:北山一揆鎮圧のため藤堂高虎が築城した天空の城 赤木城
【城名】 赤木城 【赤木城の説明】 赤木城は三重県熊野市紀和町赤木にあった平山城である。 築城時期は天正17年(1589年)年頃で、築城の名手「藤堂高虎」によって縄張りされた。 豊臣秀吉はこの地方で勃発した「北山一揆」を鎮めるために藤堂高虎と羽田長... -
東海
神岡城跡(飛騨市):越中への道を押さえた支城と、父子で立場が割れた江馬氏
神岡城(かみおかじょう)は、飛騨の北のはずれ、越中との境に近い神岡の町を見おろす城です。永禄七年(一五六四)、武田信玄の意を受けた江馬時盛が築いたと伝わり、高原諏訪城の支城として置かれました。一国一城令で破却され、石垣と堀だけが残ります... -
日本100名城
松坂城:織田信長の娘婿蒲生氏郷が築城した松坂城
【城名】 松坂城 【松坂城の説明】 松坂城は現在の三重県松阪市殿町にあった梯郭式平山城である。 天正12年(1584年)近江日野城6万石を領していた「蒲生氏郷」が豊臣秀吉から伊勢松ヶ島城12万3千石を与えられ入城した。 これは織田信長が家臣「明智光秀」... -
東海
水口城:三代将軍徳川家光の定宿として築城された水口城
【城名】 水口城 【水口城の説明】 水口城は滋賀県甲賀市水口町水口にあった平城です。 石田三成が初めて城主となった水口城は水口古城と呼ばれており、現在の水口城跡とは別の場所にあります。 慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い以降徳川家の所領となった... -
九州・沖縄
延岡城:高橋元種が江戸時代初期に築城した延岡城
【城名】 延岡城 【延岡城の説明】 延岡城は宮崎県延岡市本小路に築かれた平山城です。 高橋元種が慶長6年(1601年)に築城を始め、慶長8年(1603年)に完成しました。 元種は元亀2年(1571年)、筑前の戦国大名「秋月種実」の次男として生まれます。天正6... -
関東・甲信
真田氏本城:真田幸隆が築城し昌幸が上田城へ移るまで真田家の本城 真田氏本城
【城名】 真田氏本城 【真田氏本城の説明】 真田氏本城は長野県小県郡真田町にあった山城で真田氏発祥の地(真田の郷)でもある。 平時は山麓の館で政務を執り非常時は山頂の城を利用したと考えられている。また、後詰の城として「天白城」や「殿城山城」... -
四国
宇和島城:藤堂高虎が築いた海城と高さ十三メートルの石垣、伊達家が建てた現存天守
宇和島城(うわじまじょう)は、愛媛県宇和島市にある城で、築城の名手・藤堂高虎が築いた海城です。かつては城の西半分が宇和海に接し、石垣が波打ち際から立ち上がっていました。高虎の時代のものとされる高さ約十三メートルの野面積みの石垣が今も残り... -
歴史ブログ
墨俣城(墨俣一夜城):一夜で建ったのか、誰が建てたのか
この記事のポイント 信長公記に「洲股(すのまた)要害の修築命令」の記述はある。つまり砦そのものは実在したとみてよい ただし信長公記は、誰が築いたとは書いていない 「一夜で建てた」「藤吉郎が名乗り出た」の典拠は『武功夜話』で、この史料には偽書... -
国宝天守
彦根城:国宝天守と天秤櫓 井伊家三十五万石の城と近江の城から集めた建材
彦根城とは 彦根城は、徳川譜代筆頭の井伊家が代々居城とした近江の平山城である。天守は現存十二天守の一つで、姫路・松本・犬山・松江とならぶ国宝五城。江戸期の櫓・門・馬屋・庭園がまとまって残り、堀もほぼ完全な形で伝わる稀な例である。 日本100名... -
国宝天守
松本城(深志城):現存最古の五重六階天守と、戦国の櫓と月見櫓が同居する理由
城名 松本城(旧深志城) 松本城(旧深志城)の説明 松本城は戦国時代には「深志城」と呼ばれていました。築城者は元「徳川家康」重臣であった「石川数正」とされています。しかし、深志城と呼ばれていた時代から信濃守護の小笠原氏一族の居城として一時代... -
近畿
尼崎城跡:海に浮かんで見えた四重天守の城と、復元された石垣が建つ場所
尼崎城(あまがさきじょう)は、江戸時代のはじめに戸田氏鉄が築いた平城です。三重の堀をめぐらせ、本丸には四重の天守が上がりました。海から見ると城が水に浮かんで見えたと伝えられます。廃城令で建物はほとんど取り払われ、堀も埋められて市街地にな... -
九州・沖縄
栂牟礼城:佐伯惟治が築城し関ヶ原の戦い後は毛利高政の入封により廃城となった栂牟礼城
【城名】 栂牟礼城 【栂牟礼城の説明】 栂牟礼城は大分県佐伯市弥生大字井崎上小倉にあった山城である。 築城時期は不明だが、大永年間に「佐伯惟治」によって築かれたと伝えられている。 大永7年(1527年)、主君である「大友義鑑」に謀反の企てがあると... -
関東・甲信
玉縄城:北条早雲が築城し北条征伐の際には城主北条氏勝が降伏・開城した玉縄城
【城名】 玉縄城 【玉縄城の説明】 玉縄城は神奈川県鎌倉市玉縄地域城廻にあった平山城である。 永正10年(1513年)、北条早雲(伊勢盛時)により築かれ城の外堀が柏尾川と直結し、相模湾まで舟を繰り出すことが可能だったので水軍を統括する重要な拠点だ... -
北陸
高岡城跡:高山右近が縄張を引いた前田利長の隠居城と、廃城になっても埋められなかった水堀
高岡城は、加賀百二十万石の二代目・前田利長が隠居城として築いた城です。ところが利長はこの城に入って五年ほどで没し、翌年には一国一城令で廃城になってしまいました。城としての寿命は、驚くほど短い。それなのに高岡城は日本100名城に選ばれています... -
東海
飛騨高山城:三木自綱が統一した飛騨国を金森長近が制圧し築城した高山城
【城名】 飛騨高山城 【飛騨高山城の説明】 高山城は岐阜県高山市にあった平山城である。 築城時期は室町時代に飛騨守護「京極氏」の被官「多賀出雲守徳言」が「天神山城」を築城したのが始まりとされている。 戦国時代に入ると「三木自綱」が高山へと進出... -
関東・甲信
那須神田城跡(那須城):那須与一が生まれたと伝わる館と、二枚の案内板が食い違う土塁
栃木県大田原市神田(かんだ)にある那須神田城跡は、土塁と堀で四角く囲んだだけの、たった一つの郭でできた城です。天守も石垣もなく、曲輪が幾重にも折り重なる造りでもありません。それでも国の史跡に指定されているのは、東国の武士がはじめて構えた... -
日本100名城
佐倉城跡:石垣をひとつも使わなかった老中の城と、開国の交渉に当たった堀田正睦
佐倉城は、石垣をまったく使わずに築かれた城です。堀はすべて土を掘っただけの空堀、曲輪の縁は土塁。それでいて日本100名城に選ばれ、江戸を東から守る要として代々の老中が城主をつとめました。城主に老中がこれほど集中した城はほかになく、幕末に日米...
12
