八木邸跡:近藤勇・芹沢鴨・土方歳三が会津藩預かり新撰組結成時の屯所 八木邸【史跡 日本の歴史】

八木邸跡/アクセス・場所・地図 近藤勇・芹沢鴨・土方歳三が会津藩預かり新撰組結成時の屯所 八木邸【史跡 日本の歴史】

【史跡名】
八木邸跡

【八木邸跡の説明】
近藤勇・芹沢鴨・土方歳三らが会津藩お預かりの新撰組を結成した時に屯所としたのが八木邸である。当初は近藤派と芹沢派に割れていた新撰組だが、土方らの策略により「芹沢鴨」は暗殺され派閥争いは解消された。

この芹沢暗殺が実行されたのが八木邸である。以降、新撰組が西本願寺へ屯所を移すまでの約3年をここで過ごした。なお、日増しに増える隊士のため八木邸だけでは手狭になり、通りを隔てた反対側の旧前川邸なども間借りしていた。

近藤・土方率いる新撰組は最盛期には隊士が300人近くにのぼり、西本願寺への屯所移設を余儀なくされた。しかし、西本願寺へ移った後も近藤や土方は八木邸を洋式訓練場にあてるなど、深いつながりを持ち続けたようである。

なお、郷士八木家は但馬国の「八木安高」により起こった家系で「源頼朝」より「三つ木瓜」の家紋を拝領したと伝わっている。






【八木邸跡・場所・アクセス】
〒604-8821 京都府京都市中京区壬生梛ノ宮町24

【八木邸跡地図】



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