史跡– tag –
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戦国時代
前田利家像:織田信長の家臣にて荒子城主でもあった前田利家像(荒子駅前)
【史跡名】 前田利家像 【説明】 荒子城主は兄の「前田利久」が継ぐ予定であったが織田信長の小姓であり、お気に入りでもあった利家が兄をさしのけて荒子城主に任命された。 前田家としても権力者信長の意に反することは出来なかったのである。 その後、数... -
戦国時代
浅井長政・お市像:小谷城の麓 河毛駅前に建つ浅井長政・お市像
【史跡名】 浅井長政・お市像 【説明】 ※写真は小谷城麓に建立された浅井長政と妻のお市像 【浅井長政・お市像・場所・アクセス】 〒529-0317 滋賀県長浜市湖北町山脇545 【浅井長政 お市像地図】 -
史跡・銅像
新井白石:幕政に関与した上総国久留里藩出身の儒学者 新井白石
【史跡名】 新井白石銅像 【説明】 新井白石は江戸時代中期の学者である。白石は上総国久留里藩土屋家で生まれ育ったが、久留里藩主「直樹」の代に「直樹」の奇行により久留里藩は改易されてしまう。 ※久留里城 その後、白石は佐倉藩堀田家に仕官するが堀... -
戦国時代
井伊直政:彦根駅前 徳川四天王の一人 井伊直政像
【史跡名】 徳川四天王の一人 井伊直政像 【史跡の説明】 井伊直政は徳川四天王の一人に数えられ、旧武田家の家臣団を多く抱えた「井伊の赤備え」で有名な武将である。 関ヶ原の戦いの戦功で近江(滋賀県)佐和山城主となり、後に城を彦根に移し現在の彦根... -
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関ヶ原の戦い(後編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦
【合戦名】 関ヶ原の戦い(後編) 【説明】 さて、徳川家康が関ヶ原に到着したのは九月十四日であった。そして付近の赤坂へ進み、岡山という小高い山の頂上を本陣とした。西軍(反家康軍)は関ヶ原の西方にあたる小関村に陣を取り、東軍(家康軍)と対峙す... -
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関ヶ原の戦い(前編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦
【合戦名】 関ヶ原の戦い(前編) 【説明】 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いは知る人ぞ知る、東西を大きく二分して「岐阜県不破郡関ケ原町」で争われた世紀の大合戦です。豊臣秀吉の死後、徳川家康は五大老・ご奉行の合議制を形骸化して実質的な政権運営者... -
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川中島の戦い(後編):上杉謙信と武田信玄の大合戦 啄木鳥の戦法(後編)
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 戦国史上あまりにも有名な川中島の戦い “後編” をご紹介させて頂きます。前編では武田軍に悟られないように上杉謙信が妻女山を降りてきたところで終わりました。 十日朝、武田本隊の目の前に突如上杉軍一万三千が陣取っ...
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