日本の歴史– tag –
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四国
徳島城:豊臣秀吉の四国征伐の恩賞として蜂須賀家政が配領した阿波徳島城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 徳島城 【徳島城の説明】 徳島城は吉野川の中州とその周辺からなる城郭跡である。鎌倉時代に伊予の国河野家の支配の及ぶ地であったが、室町時代になると細川頼之が勢力をもつようになり現在の位置に徳島城の基礎を築いた。 戦国時代に入ると細川... -
歴史ブログ
伊達政宗:関ヶ原の戦いから大阪の陣そして晩年(後編) 【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 伊達政宗:関ヶ原の戦いから大阪の陣そして晩年(後編) 関ヶ原の合戦が始まると政宗は上杉景勝の抑えとして背後を任されることになる。家康が西下する際に上杉軍が追撃出来ないよう牽制する大役を課せられたのである。 この時、政宗は... -
歴史ブログ
伊達政宗:摺上原の戦いから関ヶ原の戦いまで(中編) 【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 伊達政宗:摺上原の戦いから関ヶ原の戦いまで(中編) 政宗は奥羽最大の大名へと上り詰めていた。しかし、中央では豊臣秀吉が織田信長の覇権を継承しており、関東の北条氏政・氏直親子征伐のため準備を進めていた。 その際、政宗のもと... -
歴史ブログ
伊達政宗:出生から家督相続 摺上原の戦いまで(前編) 【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 伊達政宗:出生から家督相続 摺上原の戦いまで(前編) 伊達政宗は永禄10年8月(1567年)に出羽国米沢城内で伊達輝宗の嫡男として生まれた。幼名は梵天丸。 伊達家では元服する際に名前の諱(いなみ)を代々将軍足利家から拝領すること... -
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最上義光:戦国時代に山形城を拠点に出羽国を統一した戦国武将 最上義光【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 戦国時代に山形城を拠点に出羽国を統一した戦国武将 最上義光 最上義光(もがみ よしあき)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国を統一した戦国大名である。最上家の第11代当主にあたる。関ヶ原の戦いにおいて東軍につき、最... -
歴史ブログ
高山右近:最後はマニラにて死去 高槻城主でキリシタン大名 高山右近(ジュスト右近)後編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 最後はマニラにて死去 高槻城主でキリシタン大名 高山右近(ジュスト右近)後編 天正6年(1578年)高山右近が与力として従っていた「荒木村重」が主君「織田信長」に反旗を翻した。村重の離反を知った右近はこれを翻意させようと考え、... -
歴史ブログ
高山右近:高槻城主キリシタン大名 高山右近(ジュスト右近)前編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 高槻城主キリシタン大名 高山右近(ジュスト右近)前編 高山右近(たかやま うこん)は、戦国時代の武将から大名にまでなった人物である。高山右近はキリシタン大名としてその名を知られている。 洗礼名は「ジュスト」という名でポルト... -
歴史ブログ
堀尾吉晴:戦に明け暮れた生涯 豊臣政権では三中老の一人 松江城主堀尾吉晴【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 戦に明け暮れた生涯 豊臣政権では三中老の一人 松江城主堀尾吉晴 堀尾吉晴は、安土桃山時代から江戸時代前期の戦国武将であり、大名となる人物である。豊臣政権時代には三中老の一人となる。ちなみに三中老とは五奉行と五大老との間を... -
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浅井長政 後編:朝倉家の滅亡に続き小谷城も落城 浅井家3代にて滅亡 後編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 朝倉家の滅亡に続き小谷城も落城 浅井家3代にて滅亡 後編 天正元年(1573年)7月、信長は3万の軍勢を率いて再び北近江に攻め寄せた。長政は朝倉義景に援軍を要請し、義景は2万の軍勢で駆けつける。しかし織田の軍勢が北近江の城や拠点... -
歴史ブログ
浅井長政 中編:織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編 元亀元年(1570年)信長が浅井長政と交わした「朝倉への不戦の誓い」を破り、徳川家康と共に琵琶湖西岸を通過して越前国の朝倉方の城を攻め始めた。 長政は朝倉義景との同盟関係を... -
戦国時代
前田利家像:織田信長の家臣にて荒子城主でもあった前田利家像(荒子駅前)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 前田利家像 【説明】 荒子城主は兄の「前田利久」が継ぐ予定であったが織田信長の小姓であり、お気に入りでもあった利家が兄をさしのけて荒子城主に任命された。 前田家としても権力者信長の意に反することは出来なかったのである。 その後、数... -
歴史ブログ
浅井長政 前編:北近江の名将にて織田信長の義弟 浅井長政【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 北近江の名将にて織田信長の義弟浅井長政 前編 浅井長政は戦国時代の武将であり大名である。呼称は「あざい ながまさ」と「あさい ながまさ」の2説ある。長政は北近江の戦国大名浅井家の3代目当主にして最後の当主でもある。居城は滋賀... -
戦国時代
浅井長政・お市像:小谷城の麓 河毛駅前に建つ浅井長政・お市像【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 浅井長政・お市像 【説明】 ※写真は小谷城麓に建立された浅井長政と妻のお市像 【浅井長政・お市像・アクセス・場所・地図】 〒529-0317 滋賀県長浜市湖北町山脇545 【浅井長政 お市像地図】 -
史跡・銅像
新井白石:幕政に関与した上総国久留里藩出身の儒学者 新井白石【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 新井白石銅像 【説明】 新井白石は江戸時代中期の学者である。白石は上総国久留里藩土屋家で生まれ育ったが、久留里藩主「直樹」の代に「直樹」の奇行により久留里藩は改易されてしまう。 ※久留里城 その後、白石は佐倉藩堀田家に仕官するが堀... -
東海
大河内城:織田信長との籠城戦の末に降伏した北畠具教の居城 大河内城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 大河内城 【大河内城の説明】 大河内城は三重県松坂市にあった山城である。 伊勢は国司北畠氏により治められた地で、戦国時代初期までは北畠氏の勢力はほぼ全域に及んだ。 しかし、隣国の織田信長が尾張を統一すると次の標的を美濃の斎藤氏と伊勢... -
東海
小牧山城:美濃の斎藤龍興攻略(稲葉山城)のため織田信長が拠点とした小牧山城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 小牧山城 【城の説明】 小牧山城はかつて織田信長が本拠としていた城である。 東の今川義元を討った信長は松平元康(徳川家康)と同盟を結ぶことにより、西への進撃を開始。 まずは美濃を制圧することに心血を注いだ。当初「那古屋城」を本拠にし... -
四国
能島城:村上源氏の末裔で村上水軍を率いた村上武吉の水軍城 能島城 【お城特集 日本の歴史】
【城名】 能島城 【城の説明】 能島城は村上源氏の当主「村上武吉」が率いる瀬戸内海の村上氏の居城である。もともとは伊予河野家との繋がりが深いが戦国時代に入ると半独立した形の存在であった。 毛利元就がまだ弱小で「陶晴賢」と厳島の戦いでは最後の... -
近畿
多門山城:松永久秀が築城 画期的な多門櫓が有名な多門山城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 多門山城 【城の説明】 多門山城は奈良県奈良市法蓮町にあった平山城である。 三好長慶の重臣「松永秀久」によって築城された。 久秀は多門山城を大和の国を治める拠点としており、ここから信長の命により各地へ転戦した。なんといっても久秀は築... -
近畿
信貴山城:織田信長への謀反により松永久秀は籠城・爆死 多門山城と並ぶ名城 信貴山城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 信貴山城 【城の説明】 信貴山城は生駒山の系統の信貴山にあった山城である。 もともとは「木沢長政」の居城だったが「太平寺の戦い」で討ち死にすると永禄2年(1559年)に「松永久秀」が城を修復し大規模な城郭にした。 松永秀久がもとは「三好... -
東海
野田城:今川家や武田信玄に攻められ2度の降伏をした菅沼定盈の野田城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 野田城 【城の説明】 野田城は愛知県新城市にあり戦国時代初期に菅沼氏によって築かれた。 本丸、二の丸、三の丸があり、天然の要害として知られていた。 もともと今川氏に従っていた「菅沼定盈」は桶狭間の戦い後に離反するが、同時に今川軍に攻...
