加藤清正– tag –
-
九州・沖縄
内牧城跡(阿蘇市):黒川を堀にした城と、大名として終わらなかった阿蘇氏
内牧城(うちのまきじょう)は、阿蘇のカルデラの中に築かれた平城です。戦国期には阿蘇氏の家臣が城主をつとめ、豊臣秀吉の九州平定ののち、加藤氏が城代を置いて改修しました。黒川の流れをそのまま堀として使った城です。一国一城令で廃されたのち、城... -
歴史ブログ
加藤清正:羽柴秀吉の小姓から一躍肥後一国の大大名へとのし上がった熊本城主 加藤清正
■ 日本の歴史ブログ 加藤清正:羽柴秀吉の小姓から一躍肥後一国の大大名へとのし上がった加藤清正 加藤清正は羽柴秀吉が長浜城主だった頃に召抱えられ、その後「賤ヶ岳の戦い」では「七本槍」の一人に数えられ、さらに数々の武功をあげて肥後一国の大大名... -
歴史ブログ
徳川家康に散財させられ続けた豊臣恩顧の大名達
■ 日本の歴史ブログ 徳川家康に散財させられ続けた豊臣恩顧の大名達 慶長十五年(1610年)徳川家康は、第九男の義直を尾張名古屋城主として任命します。任命すると同時に名古屋城の築城が開始されました。この家康の実子が城主となる名古屋城の築城には加... -
九州・沖縄
宇土城跡(宇土市):小西行長が築いた城と、熊本城の宇土櫓をめぐる説
宇土城(うとじょう)は、小西行長が築いた肥後南部の城です。中世からあった宇土古城の東の丘に、三重の天守を持つ近世の城として建てられました。関ヶ原の戦いで行長が敗れると、加藤清正がこの城を攻め落とし、肥後一国の大名になります。清正は宇土城... -
九州・沖縄
熊本城:加藤清正が築いた扇の勾配の石垣と、特別見学通路で見る復旧の今
熊本城(くまもとじょう)は、加藤清正が築いた熊本県熊本市の城で、城域はおよそ九十八万平方メートル(約九十八ヘクタール)、周囲は約五・三キロにおよぶ日本有数の巨城です。下はゆるやかで上へ行くほど垂直に反り返る「扇の勾配(武者返し)」の石垣...
1
