北畠具教– tag –
-
東海
霧山城(多気城):北畠具教が大河内城へ拠点を移すまで北畠氏の本城だった霧山城
【城名】 霧山城(多気城) 【霧山城(多気城)の説明】 霧山城(多気城)は現在の三重県津市美杉町上多気にあったの山城である。 伊勢国司の北畠氏の本拠地で1kmほど南東には多気御所(館)があり、平時は御所に住み有事には霧山城に拠っていたと考えられ... -
東海
田丸城:北畠具教・具房親子の居城で織田信長の攻撃で降伏・開城した田丸城
【城名】 田丸城 【田丸城の説明】 田丸城は現在の三重県度会郡玉城町田丸にあった平山城である。築城時期は南北朝時代で南朝方の「北畠親房・北畠顕信」により築かれたと伝わる。 康永元年(1342年)、足利尊氏の攻撃により落城する。その後、室町時代に... -
東海
田丸城:織田信長に降伏した伊勢国司北畠具教の居城 田丸城
この記事は新しい記事にまとめました内容を加筆して一本にまとめています。最新版はこちらをご覧ください。田丸城:北畠具教・具房親子の居城で織田信長の攻撃で降伏・開城した田丸城 【城名】 田丸城 【田丸城の説明】 田丸城は現在の三重県度会郡玉城町... -
東海
大河内城跡(松阪市):五十日の籠城と、養子縁組で終わった北畠氏
大河内城(おおかわちじょう)は、伊勢の国司・北畠氏の城です。織田信長の伊勢攻めにあたり、北畠具教・具房の父子がここに籠もり、五十日ほど持ちこたえました。決着は力攻めではなく、信長の次男を養子に迎えるという形の講和です。家を残したように見...
1
