白河小峰城:日本100名城のひとつ白河小峰城

【写真タイトル】
日本100名城のひとつ白河小峰城

【コメント】
大きな地震で崩れた石垣の修復が続き、完了までに数年を要しました。

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目次

結城氏が築き、丹羽長重が石垣の城にした

白河小峰城は、南北朝のころに結城氏の一族が小峰ヶ岡に築いた城が始まりです。近世の姿に大きく変えたのは、江戸初期に入った丹羽長重でした。阿武隈川と谷を取り込み、総石垣の城として造り直します。東北では珍しい総石垣の城で、本丸には三重の櫓が上がりました。天守とは呼ばず御三階櫓としたのは、幕府への遠慮です。石垣や櫓の見方は城の基本用語にまとめました。

小峰城の石垣

丹羽長重が築いた石垣。東北では数少ない、石垣を多く使った城(筆者撮影)

白河口の戦いで焼けた城

戊辰戦争では、奥羽越列藩同盟と新政府軍がこの城をめぐって激しく戦いました。白河口の戦いです。城は焼け落ち、周辺には両軍の戦死者の墓がいまも残ります。会津へ向かう道の入口にあたるため、ここが落ちたことが会津若松城の籠城戦へとつながりました。

木造で復元された三重櫓

いまの三重櫓は、古い絵図と発掘の成果をもとに木造で復元されたものです。柱や梁には、戦死者が眠る稲荷山の杉が使われ、弾の跡が残る材もそのまま組み込まれています。復元とはいえ、戦の記憶を材に残した建物です。日本百名城の一つに数えられています。

史跡小峰城址の碑と三重櫓

「史跡 小峰城址」の碑と三重櫓。三重櫓は平成3年(1991)に木造で復元された(筆者撮影)

小峰城三重櫓の内部

三重櫓の内部。木造で組まれた内部に上ることができる(筆者撮影)

石垣の崩落と、修復

大きな地震で石垣が十か所以上にわたって崩れ、修復には数年を要しました。積み直しにあたっては、崩れた石を一つずつ記録して元の位置に戻す作業が続けられています。石垣は見た目以上に手間のかかる遺産だということが、この工事でよく分かります。

小峰城の石垣と三重櫓へ上る石段

石垣の間を三重櫓へ上る石段(筆者撮影)

現地はいま

JR白河駅のすぐ北が城跡で、駅のホームから石垣と三重櫓が見えます。城内は無料で歩け、三重櫓の内部にも入れます。所要はゆっくり歩いて一時間ほど。二本松や会津とあわせて回れば、戊辰戦争の道筋をたどれます。

小峰城の本丸御殿跡の碑

本丸御殿跡の碑(筆者撮影)

国指定史跡小峰城跡の案内板

国指定史跡「小峰城跡」の案内板(筆者撮影)

【白河小峰城・場所・アクセス】
福島県白河市郭内

【白河小峰城地図】

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