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関東・甲信
佐野城跡(春日岡城・城山公園):唐沢山から降りた七年後に消えた城と埋め戻された石垣
佐野城とは 佐野城は、慶長七年(1602)に佐野信吉が築きはじめた平山城である。別名を春日岡城という。 佐野氏はもともと、上杉謙信を何度も撃退した唐沢山城の主である。関東随一と称された山城を捨てて平地の独立丘陵へ降り、新しい城と町を造った。と... -
九州・沖縄
原城:島原半島の南部 天草四郎の島原の乱で有名な原城
【城名】 原城 【原城の説明】 原城は長崎県南島原市南有馬町乙にあった城である。 島原半島の南部に位置し、明応5年(1496年)日野江城の支城として「有馬貴純」により築城されたと伝えられている。 「松倉重政」が大坂夏の陣の功績により、元和2年(1616... -
関東・甲信
真田氏本城:真田幸隆が築城し昌幸が上田城へ移るまで真田家の本城 真田氏本城
【城名】 真田氏本城 【真田氏本城の説明】 真田氏本城は長野県小県郡真田町にあった山城で真田氏発祥の地(真田の郷)でもある。 平時は山麓の館で政務を執り非常時は山頂の城を利用したと考えられている。また、後詰の城として「天白城」や「殿城山城」... -
九州・沖縄
臼杵城(丹生島城):大友宗麟が大分府内城より本城を移した要害 臼杵城
【城名】 臼杵城(丹生島城) 【臼杵城(丹生島城)の説明】 臼杵城は大分県臼杵市にあった平山城である。 戦国時代に「大友宗麟」により臼杵城の基礎となる「丹生島城」が築かれのが始まりとされている。 永禄4年(1561年)、毛利氏との戦いに敗れた「大... -
北陸
春日山城跡:山ひとつが城だった上杉謙信の居城と、屋敷跡に残る普請の年輪
春日山城とは 春日山城は、上杉謙信の居城である。天守はない。石垣もほとんどない。山そのものが城だった。 標高約180メートルの春日山の尾根と斜面に、無数の曲輪と屋敷が刻まれている。本丸から毘沙門堂を経てお花畑に至る中心部を、案内板は「実城(み... -
歴史ブログ
墨俣城(墨俣一夜城):一夜で建ったのか、誰が建てたのか
この記事のポイント 信長公記に「洲股(すのまた)要害の修築命令」の記述はある。つまり砦そのものは実在したとみてよい ただし信長公記は、誰が築いたとは書いていない 「一夜で建てた」「藤吉郎が名乗り出た」の典拠は『武功夜話』で、この史料には偽書... -
国宝天守
犬山城:三度落ちた国宝天守と、日本で唯一「個人が持っていた城」だった理由
この記事のポイント国宝五城の一つで、木曽川の断崖に建つ現存天守です。戦国期に三度落城しています。守りが固い城が、三度とも短期で落ちました。江戸期の城主・成瀬家は「付家老」という、大名とも家臣ともつかない立場でした。成瀬家が大名と認められ... -
関東・甲信
岩殿山城:織田・徳川連合軍の武田勝頼攻めに際し主君を裏切った小山田信茂の居城 岩殿山城
【城名】 岩殿山城 【岩殿山城の説明】 岩殿山城は山梨県大月市にあった岩殿山に建てられた山城である。 甲斐都留郡の国人衆小山田氏の本拠地とされ戦国時代屈指の堅城としても知られていた。 武田信玄が甲斐の守護大名になるとこれに従い、各地の戦で戦功... -
九州・沖縄
高田城(豊後):大友義統の改易後竹中重利・松平氏が統治した高田城
【城名】 高田城(豊後) 【高田城(豊後)の説明】 高田城は大分県豊後高田市玉津字本丸にあった平城である。越後の高田城と区別するために豊後高田城と呼ばれている。 建久7年(1196年)に、大友能直に従って豊後国に下向した「高田重定」により築城され... -
関東・甲信
小机城:北条氏堯や北条三郎が城主となり北条征伐後に廃城となった小机城
【城名】 小机城 【小机城の説明】 小机城は神奈川県横浜市港北区小机町にあった平山城である。 永享年間の頃に関東管領上杉氏によって築城されたとされるが正確な築城時期は分かっていない。 文明10年(1478年)、山内上杉氏の宰領であった長尾家の「長尾... -
九州・沖縄
小城城跡(小城市):七万三千石でも城ではなかった陣屋と、長男が継げなかった家
小城城(おぎじょう)は、佐賀藩の支藩である小城藩の中心です。築いたのは鍋島勝茂の長男・元茂で、七万三千石を分け与えられてこの地に入りました。ただし、正式には城ではなく陣屋、つまり藩邸です。天守も櫓もなく、堀と塀と門で構えた屋敷でした。跡... -
中国
沼城跡(亀山城・岡山市):宇喜多直家の十五年と、中国大返しが休んだ城
沼城(ぬまじょう)は、岡山市の東部にあった平山城です。亀山城とも呼ばれます。宇喜多直家がこの城を手に入れ、岡山城へ移るまでの十五年ほどをここで過ごしました。備前一国を手中にしていった時期がちょうどこの城の時代で、跡地には「宇喜多家飛躍の... -
北海道・東北
三戸城:南部信直が盛岡城へ居城を移すまで南部氏の本城だった三戸城
【城名】 三戸城 【三戸城の説明】 三戸城は青森県三戸郡三戸町梅内にあった平山城である。 天文8年(1539年)に「南部晴政」が「聖寿寺館」からこの地の移り本城としたと伝わっている。 天正10年(1582年)、晴政・晴継が相次いで没すると「南部信直」が... -
北海道・東北
七戸城:九戸政実の乱で滅びた七戸家国の居城 七戸城
【城名】 七戸城 【七戸城の説明】 七戸城は青森県上北郡七戸町にあった平山城である。 南部氏初代「南部光行」の四男「朝清」が七戸地方へ移り七戸氏を名乗ったと伝えられている。 城としての築城は南北朝時代の「南部政長」により築城されたとする説と、... -
四国
安芸城:安芸国虎が長宗我部元親に戦を挑み敗戦し落城した安芸城
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ 【城名】 安芸城 【安芸城の説明】 安芸城は高知県安芸市土居に存在した平城である。延慶2年(1309年)鎌倉時代の末... -
近畿
尼崎城跡:海に浮かんで見えた四重天守の城と、復元された石垣が建つ場所
尼崎城(あまがさきじょう)は、江戸時代のはじめに戸田氏鉄が築いた平城です。三重の堀をめぐらせ、本丸には四重の天守が上がりました。海から見ると城が水に浮かんで見えたと伝えられます。廃城令で建物はほとんど取り払われ、堀も埋められて市街地にな... -
中国
佐東銀山城:毛利元就の攻撃により落城した名門安芸武田氏の居城 佐東銀山城
【城名】 佐東銀山城 【佐東銀山城の説明】 佐東銀山城は広島県広島市安佐南区にあった山城である。承久3年(1221年)の承久の乱の後、安芸国佐東郡を拝領した武田氏当主「武田信光」は武田山の麓に守護所を建て、近隣の経営に乗り出した。 しかし、正安元... -
四国
白地城跡:長宗我部元親が四国統一の根拠地にした「四国の十字路」と、大西氏二百五十年の城
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ この記事のポイント白地城は、長宗我部元親が四国統一の根拠地とした城です。もとは庄司の近藤氏が築き、郷名をとっ... -
東海
苗木城跡(中津川市):天守は二つの巨岩にまたがっていた。岩に開いた柱穴が残る城
岐阜県中津川市に苗木城跡(なえぎじょうあと)がある。国指定史跡、続日本100名城142番。 この城には、日本の城の常識から外れた特徴がある。 天守が、巨大な岩の上にまたがって建っていた。 天守台に組まれた木の骨組み。巨岩の形に合わせて柱が立ってい... -
中国
吉田郡山城:毛利元就飛躍の城で広島城へ移転まで本城だった毛利家の吉田郡山城
【城名】 吉田郡山城 【吉田郡山城の説明】 吉田郡山城は広島県安芸高田市吉田町吉田にあった山城である。 築城時期は不明だが吉田荘の地頭職として「毛利時親」が下向し館を作り住んだのが始まりと伝えられている。 当時の郡山城は、地方の一豪族や地頭の...
