浅井長政– tag –
-
東海
横山城:木下藤吉郎秀吉が浅井長政への抑えとして城番した横山城
【城名】 横山城 【横山城の説明】 横山城は滋賀県長浜市堀部町と石田町にまたがる場所にあった山城である。 築城時期は永禄4年(1561年)、浅井長政が南近江の六角氏への防衛拠点として築城させ、城主には一族の「浅井井演」を任命した。 長政は織田信長の... -
東海
朽木谷城(朽木陣屋):浅倉攻めにて浅井長政の裏切りで信長の京都帰還を支援した朽木元綱の居城 朽木谷城
【城名】 朽木谷城(朽木陣屋) 【朽木谷城(朽木陣屋)の説明】 朽木谷城は現在の高島市朽木にあった平山城でのちに朽木陣屋となった城である。築城時期は不明だが朽木氏は朽木谷城を拠点に「室町幕府奉公衆」を務め、戦国時代の当主「朽木元綱」も足利義... -
東海
虎御前山城:浅井長政の小谷城攻めのために築かれ木下藤吉郎が城番した虎御前山城
【城名】 虎御前山城 【虎御前山城の説明】 虎御前山城は現在の滋賀県長浜市にある標高224メートルの丘陵で八相山とも呼ばれている山にあった陣城である。織田信長が小谷城の浅井久政・長政親子を攻めるための陣として整備し「木下藤吉郎秀吉(羽柴秀吉)... -
東海
山本山城:浅井長政の家臣で秀吉の調略により織田家へ寝返った阿閉貞征の山本山城
【城名】 山本山城 【山本山城の説明】 山本山城は滋賀県長浜市高月町西阿閉にあった山城である。 築城時期は不明だが平安時代末期には山本山城の基礎となる山下城が存在したと伝わる。 戦国時代に入ると北近江は浅井家が治める国となり、山本山城には「阿... -
北陸
金ヶ崎城:浅井長政と朝倉義景との挟撃により信長が窮地に陥った 金ヶ崎城
【城名】 金ヶ崎城 【金ヶ崎城の説明】 金ヶ崎城は福井県敦賀市金ヶ崎町にあった山城である。 治承・寿永の乱(源平合戦)の時に「平通盛」が「木曾義仲」との戦いのためにここに城を築いたのが最初と伝えられている。 南北朝時代には「足利尊氏」が京都へ... -
歴史ブログ
浅井長政 後編:朝倉家の滅亡に続き小谷城も落城 浅井家3代にて滅亡 後編
■ 日本の歴史ブログ 朝倉家の滅亡に続き小谷城も落城 浅井家3代にて滅亡 後編 天正元年(1573年)7月、信長は3万の軍勢を率いて再び北近江に攻め寄せた。長政は朝倉義景に援軍を要請し、義景は2万の軍勢で駆けつける。しかし織田の軍勢が北近江の城や拠点... -
歴史ブログ
浅井長政 中編:織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編
■ 日本の歴史ブログ 織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編 元亀元年(1570年)信長が浅井長政と交わした「朝倉への不戦の誓い」を破り、徳川家康と共に琵琶湖西岸を通過して越前国の朝倉方の城を攻め始めた。 長政は朝倉義景との同盟関係を... -
歴史ブログ
浅井長政 前編:北近江の名将にて織田信長の義弟 浅井長政
■ 日本の歴史ブログ 北近江の名将にて織田信長の義弟浅井長政 前編 浅井長政は戦国時代の武将であり大名である。呼称は「あざい ながまさ」と「あさい ながまさ」の2説ある。長政は北近江の戦国大名浅井家の3代目当主にして最後の当主でもある。居城は滋賀... -
戦国時代
浅井長政・お市像:小谷城の麓 河毛駅前に建つ浅井長政・お市像
【史跡名】 浅井長政・お市像 【説明】 ※写真は小谷城麓に建立された浅井長政と妻のお市像 【浅井長政・お市像・場所・アクセス】 〒529-0317 滋賀県長浜市湖北町山脇545 【浅井長政 お市像地図】 -
日本100名城
小谷城跡(長浜市):浅井長政とお市の方の城 秀吉に切断された北近江の山城
小谷城とは 小谷城は、北近江を三代にわたって支配した浅井氏の居城である。琵琶湖の北東、小谷山(標高約495メートル)の尾根に曲輪を連ねた大規模な山城で、戦国期屈指の堅城として知られた。 天正元年(1573)、織田信長に攻められて落城。城主・浅井長...
1
