六角義賢– tag –
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東海
鯰江城跡(東近江市):観音寺城が落ちてからの五年と、六角父子を迎えた在地の城
鯰江城(なまずえじょう)は、近江の東部にあった平山城です。観音寺城が織田信長に落とされたのち、六角義賢・義治の父子を迎え入れ、五年にわたって信長への抵抗を支えました。落城したのは天正元年(一五七三)、柴田勝家らの攻撃によります。城跡は住... -
近畿
箕作城跡(東近江市):一日で落ちた支城と、戦わずに捨てられた観音寺城
箕作城(みつくりじょう)は、近江の箕作山に築かれた山城です。六角氏の本城観音寺城を支える支城のひとつでした。織田信長が将軍候補の足利義昭を奉じて上洛する途上、最初に攻めたのがこの城です。一日で落城し、これを知った六角義賢・義治の父子は観... -
日本100名城
観音寺城跡:安土城より二十年早く石垣を積んだ千の曲輪と、六角父子が戦わずに捨てた理由
観音寺城は、近江の守護・六角氏が繖山(きぬがさやま)の山ぜんたいに築いた巨大な山城です。曲輪の数は千を超えるといわれ、規模でいえば日本でも最大級。しかも安土城より二十年ほど早い時期から石垣を多用していて、山城に石を積むという発想の先駆け...
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