柴田神社(北の庄城址):柴田勝家とお市を祀る社と、御朱印・御城印・アクセス

福井市の中心部、福井駅から歩いて十分ほどの街なかに柴田神社がある。

ここは柴田勝家の居城・北ノ庄城の本丸跡とされる場所で、勝家その人を主祭神として祀る神社である。境内は「北の庄城址・柴田公園」として整備されている。

城跡と神社と公園が、同じ一区画に重なっている。訪ねるときはこの構造を頭に入れておくと、迷わない。

柴田神社の社殿と「北の庄城址・柴田公園」の標柱

📺 NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(2026年)で柴田勝家を演じるのは山口馬木也さん。NHK総合「歴史探偵」でも 2026年8月26日「柴田勝家と賤ヶ岳の戦い」が放送されました(再放送 8月31日)。

【何が祀られているのか】

主祭神は柴田勝家公。あわせてお市の方、そして二人にゆかりの深い浅井三姉妹(茶々・初・江)にちなむ社が境内にある。

天正十一年(1583)四月二十四日、勝家とお市はこの地の城で自害した。神社は、その最期の場所にそのまま建っている。

境内には「北の庄城 お市の方 勝家公 慰霊碑」も立つ。

境内の「北の庄城 お市の方 勝家公 慰霊碑」

【負けた武将が、なぜ神として祀られたのか】

考えてみると不思議な話である。勝家は天下を取っていない。それどころか秀吉に敗れて自害した、負けた側の武将である。

その人が、四百年後に神社の主祭神になっている。勝家を祀る社として整えられたのは明治以降とされるが、背景にあるのは越前でのこの人の評判だろう。

勝家は北ノ庄で、刀狩を行い、検地を進め、九十九橋を架け、芝原用水を通したと伝わる。戦国武将としてより、この土地を整えた為政者として記憶されているのである。

中央では敗者でも、地元では領主だった。神社が建つ理由としては、それで十分である。

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【見どころは三つある】

一、柴田勝家公の像。槍を手にした堂々たる座像で、境内でいちばん目を引く。写真を撮るならここになる。

二、発掘された石垣。境内に、発掘調査で見つかった北ノ庄城の石垣が保存展示されている。ガラス越し・柵越しに、当時の石積みをそのまま見下ろせる。四十九万石の城が実在したという、いちばん確かな証拠である。

三、資料館。境内の北の庄城址資料館で、発掘品や城の解説を見ることができる。

柴田勝家公の像。境内でもっとも目を引く

発掘・保存されている北ノ庄城の石垣

【御朱印・御城印について】

柴田神社では御朱印が授与されている。また北ノ庄城の御城印も頒布されている。

ただし頒布の時間・初穂料・デザインは変わることがあり、限定版が出る時期もある。また社務所の対応時間外は受けられない場合がある。訪問前に神社の公式案内で最新の情報を確認することをおすすめする。

御城印を集めている方は、同じ福井県内の福井城一乗谷城とあわせて回る計画を立てると効率がよい。いずれも福井駅を起点にできる距離にある。

【北ノ庄城とはどんな城だったのか】

天正三年(1575)、越前の一向一揆を平定した勝家は、信長から越前八郡四十九万石とこの地を与えられ、北ノ庄城を築いた。

宣教師ルイス・フロイスが「安土城に次ぐ壮麗さ」と伝えたともいわれ、九層の天守があったとする説もある。ただしこれらは記録が乏しく、実像ははっきりしない。だからこそ、境内で実物の石垣を見る意味がある。

城は賤ヶ岳の敗戦後、勝家自らの手で火が放たれ、焼け落ちた。のちに福井城が別の場所に築かれ、城下の中心はそちらへ移る。北ノ庄城の跡が市街地の一角として残ったのは、そのためでもある。

城そのものの解説は北ノ庄城のページに、勝家の生涯と一族については柴田勝家の一族にまとめている。

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【訪ねる人へ】

境内はさほど広くない。ゆっくり見ても三十分から一時間ほどである。福井駅から徒歩圏なので、電車で福井を訪れたときの最初の一か所に向いている。

四月二十四日は勝家とお市の命日にあたる。時期を合わせて訪ねる人もいる。

【福井を一日で回るなら】

柴田神社は福井駅から徒歩圏にあるので、福井を訪ねた日の起点にしやすい。おすすめの順番を挙げておく。

  1. 柴田神社・北の庄城址(徒歩10分・滞在30〜60分)… まずここで勝家とお市に会う
  2. 福井城址(徒歩圏)… 北ノ庄城のあと、結城秀康が築いた城。石垣と堀が残る
  3. 一乗谷朝倉氏遺跡(電車・バスで移動)… 焼かれたまま埋もれ、そのまま残った城下町

この三つを並べると、越前の権力がどう移ったかが一日でわかる。朝倉が滅び、勝家が入り、勝家が滅んで結城秀康が来る。順番に歩くと、そのまま年表になっている。

【柴田神社ゆかりの城】

  • 北ノ庄城(福井県福井市)… この神社が建つ、その城
  • 福井城(福井県福井市)… 北ノ庄城のあと、結城秀康が築いた越前の城
  • 一乗谷城(福井県福井市)… 朝倉氏の城下町跡。福井のもう一つの必見
  • 玄蕃尾城(福井県敦賀市・滋賀県長浜市)… 勝家が賤ヶ岳で本陣を置いた陣城
  • 小谷城(滋賀県長浜市)… お市が浅井長政と暮らした城

【この地にゆかりの武将】

【柴田神社・場所・アクセス】

〒910-0006 福井県福井市中央1丁目21-17
JR「福井駅」から徒歩約10分。えちぜん鉄道・福井鉄道の各駅からも徒歩圏。境内は北の庄城址・柴田公園として開放されており、公園部分は自由に散策できます。
※ 社務所の対応時間、御朱印・御城印の頒布状況は変わることがあります。訪問前に最新の情報をご確認ください。

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