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近畿
上月城:山中鹿之助の籠城戦 小早川隆景・吉川元春率いる毛利軍に包囲 悲運の城 上月城 【日本の歴史 お城特集】
【城名】 上月城 【城の説明】 延元元年(1336年)に赤松氏の一族「上月景盛」によって築かれた城である。その後、赤松氏の城となり戦国期には「赤松政範」が城主となっていたが織田信長の家臣・羽柴秀吉が中国平定に乗り出すと、あえなく落城する。 山陰... -
九州・沖縄
宇土城:関ヶ原の戦いで敗れた西軍の将小西行長の居城 宇土城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 宇土城 【宇土城の説明】 宇土城は、熊本県宇土市に存在した城である。小西行長によって宇土古城の東に位置する丘に築かれた平山城であり、3重の天守などが建てられた。しかし「小西行長」が関ヶ原の戦いに敗れ、肥後北東部(隈本)を所領として... -
近畿
洲本城:三好長慶の弟で安宅冬康の居城 淡路島にそびえ立つ洲本城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 洲本城 【城の説明】 洲本城は大永6年(1526年)三好氏の重臣・安宅治興が築城した。 治興の後は養子の安宅冬康(三好長慶の弟)が跡を継ぎ、冬康の死後は長男「信康」、その後次男「清康」へ受け継がれた。天正9年(1581年)織田家の重臣である... -
中国
岩国城:錦帯橋で有名な岩国藩 藩祖吉川広家が居城 日本100名城の一つ 岩国城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 岩国城 【城の説明】 岩国城は山口県岩国市横山にあった山城である。 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れた「毛利輝元」は大幅に領地を減らされた。それに伴い家臣達も大幅に禄高を減らされ「吉川広家」は岩国の地に3万石として入城した。 江... -
日本100名城
小諸城:国の重要文化財 懐古園の入り口三の門 小諸城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 小諸城 【城の説明】 小諸城は戦国時代に武田信玄の信州経営のために「山本勘助」が縄張りを定めたと言われている。 織田信長の時代には「滝川一益」の支配する城となったが、本能寺の変、そして関東全域を支配する「北条氏政」との神流川の戦い... -
関東・甲信
一郷山城:関東管領上杉憲実の平井城防衛のために築城された一郷山城模擬天守【日本の歴史 お城特集】
【城名】 一郷山城 【説明】 関東管領の上杉憲実を守るために多比良城の支城として築城されたという。 しかし、永禄六年(1563年)武田信玄の西上野侵攻戦の時に落城し消失したとのこと。 【一郷山城・場所・アクセス】 群馬県高崎市吉井町多比良 【一郷山... -
日本100名城
二条城二ノ丸御殿:国宝 ユネスコ世界文化遺産の二条城二の丸御殿(遠侍と車寄)【日本の歴史 お城特集】
【城名】 二条城 【城の説明】 二条城は京都府中京区にある江戸時代に造営された平城である。二条城には「足利氏」「織田氏」「豊臣氏」「徳川氏」がそれぞれ築いたものがあり、現在の二条城は徳川時代に築城されたものです。 二の丸御殿が国宝に指定され... -
近畿
伏見桃山城:関ヶ原の戦い前に鳥居元忠率いる残留部隊が全滅した伏見桃山城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 伏見桃山城 【伏見桃山城の説明】 関ヶ原の戦い前に会津へ上杉討伐に向かう徳川家康から伏見留守を鳥居元忠が命じられました。慶長5年(1600年)、鳥居元忠率いる約1800名の残留部隊が宇喜多秀家・小西行長ら大阪方に攻められて全滅。 写真は鳥居... -
北海道・東北
多賀城:陸奥国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城多賀城【日本の歴史 お城特集】
【写真タイトル】 陸奥国の国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城の一つ多賀城 多賀城は現在の宮城県多賀城市にあった城(国府)である。奈良時代に陸奥国の国府や鎮守府が置かれ、ここで治世や軍事的な役割も果たしていた。平安時代に... -
近畿
御着城:黒田官兵衛の主君小寺政職の居城御着城(2014年大河ドラマ)【お城特集 日本の歴史】
【城名】 御着城 【説明】 その小寺氏が居城とした御着城は、茶臼山城、天川城とも呼ばれ、現在は姫路駅からJR山陽本線で一駅の御着駅から徒歩10分ほどのところに位置しています。小寺氏の前は赤松氏が守護所として使っていたとされています。 現在、遺構... -
幕末・維新
ペリー提督 下田来航記念碑:日本開国の親書を携え来航 黒船と呼ばれたペリー艦隊下田来航記念碑【史跡銅像 日本の歴史】
【名前】 黒船と呼ばれたペリー艦隊の下田来航記念碑 【説明】 ペリーは幕末日本に来航して鎖国を続けていた日本に対して開国の交渉にきた人物として知られている。本名は「マシュー・カルブレイス・ペリー」。日本への来航当時の書物には「ペルリ」と記載... -
史跡・銅像
関ヶ原の戦い(後編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦【史跡・城跡・銅像 日本の歴史】
【合戦名】 関ヶ原の戦い(後編) 【説明】 さて、徳川家康が関ヶ原に到着したのは九月十四日であった。そして付近の赤坂へ進み、岡山という小高い山の頂上を本陣とした。西軍(反家康軍)は関ヶ原の西方にあたる小関村に陣を取り、東軍(家康軍)と対峙す... -
史跡・銅像
関ヶ原の戦い(前編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦【合戦特集 日本の歴史】
【合戦名】 関ヶ原の戦い(前編) 【説明】 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いは知る人ぞ知る、東西を大きく二分して「岐阜県不破郡関ケ原町」で争われた世紀の大合戦です。豊臣秀吉の死後、徳川家康は五大老・ご奉行の合議制を形骸化して実質的な政権運営者... -
史跡・銅像
山内一豊:苦労の末に土佐一国の城主となった戦国武将 【人物特集 日本の歴史】
【名前】 山内一豊 【説明】 『苦労の末に土佐一国の城主となった戦国武将』 山内一豊はNHKの大河ドラマ「功名が辻」で一躍有名になった戦国武将です。 父が織田信長と同族の岩倉織田家に仕えていたが、信長に滅ぼされてしまい一族は離散する。 その後、一... -
史跡・銅像
川中島の戦い(後編):上杉謙信と武田信玄の大合戦 啄木鳥の戦法(後編)【合戦特集 日本の歴史】
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 戦国史上あまりにも有名な川中島の戦い “後編” をご紹介させて頂きます。前編では武田軍に悟られないように上杉謙信が妻女山を降りてきたところで終わりました。 十日朝、武田本隊の目の前に突如上杉軍一万三千が陣取っ... -
史跡・銅像
川中島の戦い(前編):上杉謙信と武田信玄 戦国史に残る大合戦【合戦特集 日本の歴史】
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が北信濃の覇権を争って激突した合戦が川中島の戦いです。合計五回の戦いが行われており、中でも永禄四年(1561年)九月の第四次は激烈な戦闘となった。 上杉軍は八月十六日、五千の兵を... -
海援隊士
島橋 兼吾【海援隊士 幕末亀山社中】
島橋 兼吾 出身 不明 職名 島橋兼吾は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていない。 龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心とした新海援隊として同志十二人の中の一人。この新海援隊は天領であった小豆島を占領している。 島橋兼吾はその時のメン... -
海援隊士
島田 源八郎【海援隊士 幕末亀山社中】
島田 源八郎 出身 不明 職名 島田源八郎は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていない。 龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心とした新海援隊として同志十二人の中の一人。 この新海援隊は天領であった小豆島を占領している。 島田源八郎はその... -
海援隊士
桂井 隼太【海援隊士 幕末亀山社中】
桂井 隼太 出身 不明 職名 桂井隼太は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていない。 龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心とした新海援隊として同志十二人の中の一人。この新海援隊は天領であった小豆島を占領している。桂井隼太はその時のメン... -
海援隊士
勝間 桂三郎【海援隊士 幕末亀山社中】
勝間 桂三郎 出身 不明 職名 勝間桂三郎は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていない。 しかし、新隊長「長岡謙吉」を中心とした新海援隊として宮地彦三郎等同志十二人を結集し、天領であった小豆島を占領している。勝間桂三郎はその時のメンバ...


