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海援隊士
関 義臣【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
関 義臣 出身 越前藩 職名 関義臣は、越前福井藩出身の海援隊士。 別名を山本龍二郎。 1839年、福井藩士・山本五郎の三男に生まれる。藩校明道館に学び、幹事の橋本左内に認められて、文久2年(1862年)に昌平坂学問所に学んだ。1866年(慶応2年)、長崎の... -
海援隊士
佐々木 栄【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
佐々木 栄 出身 越前藩 職名 佐々木栄は越前藩出身の海援隊士である。 詳細は不明だが、慶応三年の夏頃に海援隊へ参加している。 慶応三年七月六日の夜更け、長崎丸山でイギリス軍艦イカルス号の乗り組み水夫二人が何者かに殺害される事件が発生した。 た... -
海援隊士
吉井 源馬【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
吉井 源馬 出身 土佐藩 職名 土佐国土佐郡南新町の土佐藩士吉井駒大(吾)の長男として生まれる。 慶応元年三条実美ら五卿が太宰府に蟄居のころ、随行していた土佐藩出身の土方久元らを追って脱藩した。清岡半四郎に従い五卿が復権して京都への帰還が決定... -
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中島 作太郎(中島信行)【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
中島 作太郎(中島信行) 出身 土佐藩 職名 中島信行は、土佐藩出身の政治家。男爵。 通称は作太郎。 最初の妻は陸奥宗光の妹中島初穂(1877年死去)で、後妻は女性解放運動家の岸田俊子。 土佐国高岡郡塚地村(現・高知県土佐市塚地)の郷士・中島猪三の... -
海援隊士
山本 復輔(山本 洪堂)【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
山本 復輔(山本 洪堂) 出身 土佐藩 職名 山本復輔は土佐藩出身の志士で明治期の役人。 亀山社中・海援隊の一人。明治期は山本洪堂(号)と名乗る。 慶応元年(1865年)に坂本龍馬が結成した亀山社中に間もなく参加したものと推測される。慶応2年(1866年... -
海援隊士
野村 辰太郎【土佐藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
野村 辰太郎 出身 土佐藩 職名 土佐国土佐郡小高坂村の出身で土佐藩士、白札格の野村亀四郎の長男である。 野村家は代々砲術を得意とする家柄で万延元年父・亀四郎に従い江戸に出て、江川太郎左衛門の門に入り新式砲術を学ぶ。 元治元年藩船南海丸に乗り込... -
海援隊士
腰越 次郎(野村幸次郎)【越前藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
腰越 次郎(野村幸次郎) 出身 越前藩 職名 腰越次郎は越前藩出身で変名を野村幸次郎。 亀山社中が設立される比較的早い時期から参加していたものと推測される。元来が機関方の専門家で、幕府所有の洋式船の乗組員だった。 故あって幕府の支配下から脱し亀... -
海援隊士
橋本 久太夫【越後出身 海援隊士 幕末亀山社中】
橋本 久太夫 出身 越後 職名 橋本 久太夫は、越後出身の海援隊隊士。 元は江戸幕府の軍艦船員であったが、同僚と喧嘩をして出奔し、その際に坂本龍馬に助けられた。 以降、龍馬とともに亀山社中に属し、桜島丸の水夫頭を勤めた。慶応2年(1866年)大洲藩の... -
海援隊士
佐柳高次(前田常三郎)【海援隊士 幕末亀山社中】
佐柳高次(前田常三郎) 出身 讃岐国塩飽佐柳島 職名 佐柳高次は、讃岐国塩飽佐柳島の海援隊隊士。 本名は前田常三郎。 嘉永4年江戸に出府し、安政2年に長崎海軍伝習所の水夫に採用される。1860年(万延元年)勝海舟らとともに咸臨丸で渡欧を経験するし、... -
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黒木小太郎【鳥取藩出身 海援隊士 幕末亀山社中】
黒木小太郎 出身 鳥取藩 職名 黒木小太郎は因幡藩(鳥取)出身の海援隊士。 剣の達人だったと言われており、鳥取藩の剣道師範だった千葉重太郎に学んだ。 特に、真剣でも平常の稽古と同様に、平然とした剣裁きを見せ、その胆力を坂本龍馬が高く買って、兄... -
海援隊士
安岡金馬(平安佐輔)【海援隊士 幕末亀山社中】
安岡金馬(平安佐輔) 出身 土佐 職名 弘化元年、土佐郡福井村(高知市)に安岡忠郷の二男として生まれる。 別名平安佐輔。 金馬は田野学館で学問を学び、ここで交流を深めたようで、文久2年山内容堂を警護すべく五十人組が結成されると、金馬はこれに加... -
海援隊士
沢村惣之丞(関雄之助)【海援隊士 幕末亀山社中】
沢村惣之丞(関雄之助) 出身 土佐 職名 沢村惣之丞は、幕末の土佐藩出身の人物。 別名、関雄之助。 土佐国土佐郡潮江村の浪人の子として生まれる。間崎哲馬に師事し、学問を学ぶ。その後土佐勤王党に加入した。 文久2年に吉村虎太郎と共に土佐藩を脱藩す... -
海援隊士
白峰 駿馬(鵜殿豊之進)【海援隊士 幕末亀山社中】
白峰 駿馬(鵜殿豊之進) 出身 長岡藩 職名 白峰駿馬は長岡藩出身の海援隊士。 初名は鵜殿豊之進。 1847年、長岡藩士・鵜殿瀬左衛門の三男に生まれる。1862年、江戸に行き、異父兄の鵜殿団次郎と交流があった勝海舟の門下生になる。元治元年、長岡藩を脱藩... -
海援隊士
菅野 覚兵衛(千屋 寅之助)【海援隊士 幕末亀山社中】
菅野 覚兵衛(千屋 寅之助) 出身 土佐 職名 菅野覚兵衛は土佐出身の海援隊隊士で明治時代の軍人である。旧名 千屋 寅之助。妻は起美(君江、坂本龍馬の妻・お龍の妹であるため、龍馬とは義兄弟にあたる)。 土佐藩の庄屋・千屋民五郎の三男として和食で生... -
日本三大山城
高取城:日本三大山城の一つ植村家政が配領 幕末には吉村虎太郎ら天誅組から攻撃を受けた高取城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 高取城 【城の説明】 高取城は現在の奈良県高市郡高取町にあった日本三大山城の一つである。築城者は南国朝時代に護良親王に呼応して挙兵した「越智氏」によるものと伝わっている。戦国時代に入ると織田信長より大和一国を拝領した「筒井順慶」の... -
日本100名城
備中松山城:幕末には板倉勝静が山田方谷を執政に抜擢 日本三大山城備中松山城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 備中松山城 【城の説明】 備中松山城は現在の岡山県高梁市にあった山城である。岐阜県の岩村城・奈良県の高取城と並び、日本三大山城の一つにも数えられている。城は標高430mの山頂にあり、現存する天守としては日本一高い位置にある天守として知... -
日本100名城
盛岡城:幕末時は奥羽越列藩同盟に加盟 新政府軍と戦火を交えた藩祖南部信直の盛岡城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 盛岡城 【城の説明】 盛岡城は岩手県盛岡市にあった南部藩の居城である。関東・東北地方では珍しい総石垣の城であり、天守台は建造されたものの天守自体は幕府への遠慮から造られなかった。城の位置は北上川と中津川の合流地点の小丘に築かれ、盛... -
幕末・維新
真武根陣屋:幕末時は藩主林忠崇自ら遊撃隊として戊辰戦争に参加した請西藩陣屋跡【お城特集 日本の歴史】
【城名】 真武根陣屋(請西藩) 【城の説明】 真武根陣屋は現在の千葉県木更津市にあった請西藩1万石(林家)の陣屋跡である。林家は「徳川家斉」が11代将軍に就任すると、時の当主「林忠英」が小姓として出仕する。忠英は将軍の寵臣となり側用人や若年寄... -
戦国時代
笠間城:北条征伐で笠間氏は滅亡 牧野貞通から牧野氏が幕末まで治めた笠間城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 笠間城 【城の説明】 茨城県笠間市にあった笠間城は下野国の宇都宮氏の一族が入城し笠間氏を名乗ったのが始まりである。鎌倉時代からこの地を治め5代目当主「泰朝」の時に、同じ常陸国の名門佐竹氏から攻められ籠城戦の末、辛くも危機を脱した。 ... -
中国
萩城:長州藩は幕末に久坂玄瑞・高杉晋作などの志士を生み討幕へ 萩城(指月城)【お城特集 日本の歴史】
【城名】 萩城(指月城) 【城の説明】 萩城は別名「指月城」とも呼ばれ、長州藩の政庁があった城である。明治時代初期の廃城令により破却されてしまったが古写真はいくつも残っている。幕末時には「吉田松陰」の教えを受けた「松下村塾」塾生達が討幕運動...


