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坂本龍馬の手紙
印藤聿 宛
印藤聿 宛 原文 昨日山口より中島四郎、能間百合熊、福原三蔵外要路の人山田宇右衛門とか申人被参候。いまだ咄合いも不仕候所なれども、案ズルニ今日中ニ事すミと相成可申か、山口よりハ木圭小五郎よりも長々敷手紙参、半日も早く上京をうながされ候。然レ... -
坂本龍馬の手紙
岩下佐次右衛門・吉井友実 宛
岩下佐次右衛門・吉井友実 宛 原文 一筆啓上。然ニ私ニ非レバたれか上関迄出し候心積ニ候所、此頃御国より相廻り候船、下の関ニ参候時節、人なく幸ニ黒田了介殿御出ニ候得共、今少し御留りの儀故ニ無是非候。私とても了介殿御同伴上坂も致候。芸永井主人が... -
坂本龍馬の手紙
印藤聿 宛
印藤聿 宛 原文 一筆啓上仕候。然ニ私十一月廿四日浪華出帆、同廿六夕上の関ニつき申候。夫より今日下の関ニ参り其ま〃御とゞけ申上候。いづれ拝顔の上万々。謹言十二月三日龍馬聿大兄足下印藤様直陰 現代文 一筆書かせて頂きます。私は11月24日に大阪を出... -
坂本龍馬の手紙
印藤聿 宛
印藤聿 宛 原文 二白、今夜も助太夫とのみ呑ており申候。昨夜道路中うかゞい候事件色々相考候所、何レ急成ハかへりて両方の志通じかね候ヘバ、何を申ても共に国家をうれへ候所より成立候論なれば、両方の意味が通達して両方から心配して其よろしきおへらみ... -
軍艦全140隻
三邦丸【薩摩藩 蒸気内輪船 幕末軍艦】
三邦丸 藩名 薩摩藩 藩主 島津斉淋 船種 蒸気内輪船 機関 蒸気船 備砲 0門 材質 鉄製 馬力 110馬力 写真 無 ■ 詳細 薩摩藩の鉄製蒸気内輪船で「坂本龍馬」と「お龍」が新婚旅行で鹿児島に行くときに乗った船として有名である。原名を「ゼラール」といい、... -
軍艦全140隻
横笛丸【土佐藩 木製輸送帆船 幕末軍艦】
横笛丸 藩名 土佐藩 藩主 山内容堂 船種 木製スクーナー 機関 帆走 備砲 0門 材質 木製 馬力 0馬力 写真 無 ■ 詳細 慶応3年に土佐藩が17,000ドルで購入した265トンの木製スクーナー帆船である。 同年のイカルス号事件翌日、横笛丸と砲艦「若紫」が相次いで... -
軍艦全140隻
丁卯丸【長州藩 スクーナー級 幕末軍艦】
丁卯丸 藩名 長州藩 藩主 毛利慶親 船種 スクーナ-級 機関 蒸気内車 備砲 5門 材質 木製 馬力 0馬力 写真 絵図 ■ 詳細 建造時の仮称は「ヒンダ(Hinda)」と称し、イギリス・ロンドンで建造され、慶応4年1月(1868年1月)に長州藩が購入した。当初の艦名は... -
坂本龍馬の手紙
品川省吾 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
品川省吾 宛 原文 谷氏(高杉晋作の変名)の手紙を持って私を訪ねて下さい。さぞかし用事があると推察しますので、今から夕方まで乙丑丸(ユニオン号)で待たせてもらいますね。16日龍馬報国隊宛(長府藩報国隊)品川様(長府藩士品川省吾)八ツ半頃(15時... -
坂本龍馬の手紙
お龍 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
お龍 宛 原文 右の本を御こし可被遣候。太刀のゑがかいてあるナリ。やどにてかりてあるたんすのひきだしの下タのはしのひきだしに、白ラさやのたんとふがある。御こし可被遣候。才谷梅太郎謹付貴价申候。 現代文 次に書く本を寄こして下さい。太刀の絵が書... -
坂本龍馬の手紙
佐井虎次郎 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
佐井虎次郎 宛 原文 此度のお咄お、クハ敷成可被遣候。愚兄の内此佐井ハ北奉行人町杉山佐井虎次郎幸助方ニて御尋可被遣、此杉山にも私の咄御なし可被遣候。佐井よりハ曽而手紙参りたり、いまだ返書不出候得バ、此度の事くハしく御咄し被遣、其上彼手紙の礼... -
坂本龍馬の手紙
幕府要人 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
幕府要人 宛 原文 幕の為に論ずれバ、近日要路に内乱起り、相疑相そしり益不可通と言勢となるべし。当時実に歎ずべきハ伏水にとりのがしし浪人の取落セし書面を以て、朝廷にもぢいて論にかけ、ついに会津人陽明家をなじり此郷御立腹など在此候よし、したし... -
坂本龍馬の手紙
高松太郎 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
高松太郎 宛 原文 細左馬事、兼而海軍の志在、曽而馬関を龍と同伴ニて上京致候。在故て薩に下らんとす。今幸ニ太郎兄が帰長の事を聞ク。今なれバ彼ユニヲンに左馬をのせ候ても宜かるべく、左馬事ハ海軍の事ニハ今ハ不幸者と雖ども、度々戦争致候ものなれバ... -
坂本龍馬の手紙
木戸孝允 宛の手紙【坂本龍馬の手紙】
木戸孝允 宛 原文 このたびの使者村新同行にて参上仕り可なれども、実に心に任せざる義これ在り、故は先月二十三日夜伏水に一宿仕り候ところ、不斗も幕府より人数さし立て、龍を打取るとて夜八ツ時ごろ二十人ばかり寝所に押し込み、皆手ごとに鑓とり持ち、... -
坂本龍馬の手紙
木戸孝允 宛
原文 表に御記被成候六条ハ、小、西、両氏及老兄、龍等も御同席ニて談論セシ所ニて、毛も相違無之候。後来といへども決して変り候事無之ハ、神明の知る所ニ御座候。丙寅二月五日坂本龍 現代文 表に記載されたことは、小松帯刀、西郷吉之助、両氏及び桂小五... -
坂本龍馬の手紙
印藤聿 宛
印藤聿 宛 原文 三吉兄ハ此頃御同行ニて薩邸ニ入候間、御安心可被遣候。然ニ去月伏見船宿寺田屋ニて一宿仕候節、幕府人数と一戦争仕候。其故ハ此度参ル寺内新右門参候間、御聞取奉願候。餘ハ拝顔の上、万々。二月三日謹言。印藤様龍拝 現代文 三吉(長府藩... -
坂本龍馬の手紙
池内蔵太家族 宛
池内蔵太家族 宛 原文 池御一同杉御一同先日大坂ニい申候時ハ、誠に久しぶりにかぜ引もふし薬六ふく計ものみたれバ、ゆへなくなをり申候。夫が京に参り居候所、又々昨夜よりねつありて今夜ねられ不申、ふとあとさきおもいめぐらし候うち、私し出足のせつは... -
坂本龍馬の手紙
岩下佐次右衛門・吉井友実 宛
原文 一筆啓上。然ニ私ニ非レバたれか上関迄出し候心積ニ候所、此頃御国より相廻り候船、下の関ニ参候時節、人なく幸ニ黒田了介殿御出ニ候得共、今少し御留りの儀故ニ無是非候。私とても了介殿御同伴上坂も致候。芸永井主人が事ハ兼而長州の政府の論の如ク... -
写真集(城・城跡・銅像)
印藤聿 宛
印藤聿 宛 原文 一筆啓上仕候。然ニ私十一月廿四日浪華出帆、同廿六夕上の関ニつき申候。夫より今日下の関ニ参り其ま〃御とゞけ申上候。いづれ拝顔の上万々。謹言十二月三日龍馬聿大兄足下印藤様直陰 現代文 一筆書かせて頂きます。私は11月24日に大阪を出... -
坂本龍馬の手紙
印藤聿 宛
原文 二白、今夜も助太夫とのみ呑ており申候。昨夜道路中うかゞい候事件色々相考候所、何レ急成ハかへりて両方の志通じかね候ヘバ、何を申ても共に国家をうれへ候所より成立候論なれば、両方の意味が通達して両方から心配して其よろしきおへらみ候方よろし... -
坂本龍馬の手紙
池内蔵太 宛
池内蔵太 宛 原文 去月二十九日上関に薩の小蝶丸にて参りたり。然るに此度の用事は云々、先づ京師のヨフスは去月十五日将軍上洛、二十一日、一、会、桑、暴に朝廷にせまり、追討の命をコフ。挙朝是にオソレユルス。諸藩さ〃ゆる者なし。唯薩独り論を立たり...

