島原城:江戸時代最大の一揆 天草四郎による島原の乱で有名な有馬直純 松倉重政の島原城【お城特集 日本の歴史】

島原城:江戸時代最大の一揆 天草四郎による島原の乱で有名な有馬直純 松倉重政の島原城【お城特集 日本の歴史】

【城名】
島原城

【城の説明】
島原城は江戸時代の「島原の乱」で有名な長崎県島原市城内にあった城である。元々は有馬氏が代々おさめていたが、江戸時代には島原藩の政庁であり松倉氏4万石の居城であった。立地としては有明海に臨み、雲仙岳の麓に位置する。

島原城/アクセス・場所・地図 江戸時代最大の一揆 天草四郎による島原の乱で有名な有馬直純 松倉重政の島原城【お城特集 日本の歴史】

城郭はほぼ長方形の連郭式平城で、高く頑丈な石垣が特徴的である。本丸は水堀で囲まれており、二ノ丸と廊下橋形式の木橋一本で繋がれている。橋を壊せば本丸を独立させて籠城することが出来る作りになっている。

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元和2年(1616年)代々この地を所領としてきた「有馬直純」が日向国延岡藩に転封になり、代わって松倉重政が有馬氏の居城であった日野江城に入城する。元和4年(1618年)日野江城は手狭であったため重政は島原城の築城を開始し、寛永元年(1624年)に完成する。

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寛永14年(1637年)初代藩主「重政」、2代藩主「勝家」の悪政により島原の乱が勃発し、勝家は領内を騒乱に導いた罪により斬首され松倉氏は改易となる。火山灰や溶岩流でなる地盤での城普請工事は困難であったとされ、領民の一揆を引き起こす一因と言われている。

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寛永15年、高力忠房が4万石で入封し、それ以後、譜代大名の4家が入れ替わり入封する。幕末時は松平氏6万5000石の所領であり、明治4年(1871年)の廃藩置県を迎え島原県となった。その後、長崎県に編入された。

明治以降は廃城処分となり建物などは撤去され、現在は本丸に天守・櫓・長塀が復興され、城跡公園となっている。






【島原城・場所・アクセス】
〒855-0036 長崎県島原市城内1-1183-1

【島原城地図】



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