湊城:檜山城の安東(秋田)実季が本拠地を移し築城した湊城【お城特集 日本の歴史】

湊城/アクセス・場所・地図 檜山城の安東(秋田)実季が本拠地を移し築城した湊城【お城特集 日本の歴史】

【城名】
湊城

【湊城の説明】
湊城は秋田県秋田市にあった平城である。
築城時期は不明だが、応永2年(1395年)十三湊の下国安東氏の一族である「安東鹿季」がこの地を支配し湊氏を称したと伝わっている。

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一方、十三湊の「安東盛季」は南部氏との戦に敗れ蝦夷地へ逃れた。その「盛季」の後を継いだ「安東政季」は湊安東氏からの招きに応じて檜山(秋田県能代市)へ土着し檜山安東氏を名乗った。

天文13年(1544年)から天正15年(1587年)にかけて湊安東氏と檜山安東氏との間で争いがおこったが、最終的には檜山安東氏の「安東実季」が両安東家を統合し檜山城を出て湊城に本拠を移した。

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慶長4年(1599年)、実季は湊城の大改修を行い城下町の形成や城を堅固なものとした。慶長6年(1601年)に湊城は完成し二重の水堀からなる平城であった。また、この頃から秋田氏を称するようになる。

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しかし、城の完成の翌年慶長7年(1602年)に実季は常陸宍戸城へ移封となり、代わりに常陸の「佐竹義宣」が湊城へ入封した。安東氏の所領は約5万石に対して佐竹氏は20万石以上の所領だったため、湊城では手狭ということになり義宣は本城を久保田へ築くことに決する。

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義宣が久保田城へ移封すると湊城は廃城となり破却されてしまった。現在、湊城の跡地には土崎神明社があり遺構などはあまり残っていない。






【湊城・場所・アクセス】
〒011-0946 秋田県秋田氏土崎港中央3丁目9番

【湊城地図】



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