角館城:戸沢盛安が勢力を拡大 関ヶ原の戦い後は佐竹氏の支配下に置かれた角館城【お城特集 日本の歴史】

角館城/アクセス・場所・地図 戸沢盛安が勢力を拡大 関ヶ原の戦い後は佐竹氏の支配下に置かれた東北の小京都 角館城【お城特集 日本の歴史】
2.5/5 (2)

【城名】
角館城

【角館城の説明】
角館城は秋田県仙北市の観光名所角館にある山城跡である。
戦国時代に戸沢氏の本拠地があったことで知られている。

角館城/アクセス・場所・地図 戸沢盛安が勢力を拡大 関ヶ原の戦い後は佐竹氏の支配下に置かれた東北の小京都 角館城【お城特集 日本の歴史】

戸沢氏は応永31年(1424年)に北浦郡の門屋城から角館城へ移りここを拠点に領土拡大に努めた。天正11年(1583年)、戸沢氏当主「戸沢盛安」は仙北に侵入した安東愛季を破り逆に「淀川城」を奪取し北仙での地盤を確固たるものにした。

やがて北浦郡を平定すると、横手城主「小野寺義道」との戦にも勝利し上浦郡にまで版図を広げた。最終的には4万4,300石を得る大名となった。天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐にはいち早く秀吉に謁見し領土を安堵された。

角館城/アクセス・場所・地図 戸沢盛安が勢力を拡大 関ヶ原の戦い後は佐竹氏の支配下に置かれた東北の小京都 角館城【お城特集 日本の歴史】

しかし、名将盛安は小田原城が落城する前に突然急死し、秀吉に嫡男「政盛」と弟の「光盛」への厚遇を託した。慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いが勃発すると家康率いる東軍に味方した「戸沢政盛」は新庄城6万石を配領し移封する。

※角館城跡から城下町の眺め
角館城/アクセス・場所・地図 戸沢盛安が勢力を拡大 関ヶ原の戦い後は佐竹氏の支配下に置かれた東北の小京都 角館城【お城特集 日本の歴史】

一方角館城には同合戦で旗幟が不鮮明だった佐竹義宣が久保田城(秋田城)へ移封となり、角館城も佐竹氏の支配下に置かれた。城主には佐竹義宣の弟で蘆名家の養子となっていた「蘆名義広(盛重)」が任命された。この義広が城主の頃に現在の城下町が整備されたと言われている。(蘆名義広は伊達政宗との戦に敗れ、兄である佐竹義宣の家臣となっていた。)

角館城/アクセス・場所・地図 戸沢盛安が勢力を拡大 関ヶ原の戦い後は佐竹氏の支配下に置かれた東北の小京都 角館城【お城特集 日本の歴史】

その後、元和元年(1615年)の「一国一城令」に伴い角館城は廃城となった。明暦2年(1656年)蘆名氏が断絶すると一族の「佐竹義隣」が出羽「長野紫島城」から角館へ移封し明治まで続いた。現在、角館は東北の小京都と呼ばれ侍屋敷などの町割を見に多くの観光客で賑わっている。






【角館城・所在地・アクセス】
〒389-0822 長野県千曲市大字上山田字城山

【角館城マップ】



※※こちらの史跡のあなたの評価は?※※

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

口コミ情報 ~この史跡についてあなたが知っている情報をどんどんコメントして下さい~

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。


みんなの史跡評価ランキング

1 八王子城:豊臣軍に落とされた北条氏照の居城 日本100名城の一つ八王子城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (3)
2 岩屋城:名将高橋紹運が島津忠長の大軍を一手に迎えて玉砕・落城した岩屋城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (3)
3 唐津城:豊臣家の寺沢広高が築城し幕末には小笠原長道が居城 唐津城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)
4 姫路城:白壁が美しい白鷺城 ユネスコ世界遺産 現存天守国宝 姫路城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)
5 名古屋城:豊臣秀頼への抑えとして天下普請により築城 御三家徳川義直の名古屋城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)
6 松山城:加藤嘉明により築城 国指定重要文化財の連立式天守が美しい伊予松山城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)
7 首里城:尚氏が長年統治した琉球王朝 江戸時代初期薩摩藩の侵攻にて開城した首里城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)
8 岡山城:乱世の梟雄 宇喜多直家・秀家の居城 岡山城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)
9 郡上八幡城:戦国期は遠藤慶隆が城主であり幕末時は青山家の居城 郡上八幡城【日本の歴史 お城特集】
5/5 (2)
10 竹田城:圧倒的な石垣に囲まれた典型的な山城 赤松広秀が大改修した天空の城 竹田城【お城特集 日本の歴史】
5/5 (2)

– PR –

FaceBook

ご挨拶

本ホームページは個人が趣味の範囲で公開しております。説明文や文言等が正確ではない部分もあるかとは思いますがご了承下さい。
ページ上部へ戻る