篠山城:西国の抑えとして松平康重が入城し天下普請にて築城された 篠山城【お城特集 日本の歴史】

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【城名】
篠山城

【篠山城の説明】
篠山城の歴史は他の城とは違い、とても浅く「関ヶ原の戦い」や「大坂夏の陣」が終わった頃に築城された城である。
徳川家康は西国大名への抑えとして、松平康重を常陸笠間城から丹波八上城へ移しさらに篠山盆地に新しく城を築くことを命じた。

篠山城:西国の抑えとして松平康重が入城し天下普請にて築城された 篠山城【お城特集 日本の歴史】

城の縄張りは「藤堂高虎」が行い、西国大名約20家による天下普請にて築城され、6ヶ月という短い期間に完成をみた。
天下普請とは徳川家の城を築くのに他家が自腹で資材・金銭を持ちより、城を築くことをいう。

篠山城:西国の抑えとして松平康重が入城し天下普請にて築城された 篠山城【お城特集 日本の歴史】

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その後、松井松平家、藤井松平家、形原松平家、青山家がこの地を治め明治維新を迎えている。
新しい城であったため合戦らしい合戦をすることもなく明治後に取り壊された。

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【篠山城・場所・アクセス】
〒669-2332 兵庫県篠山市北新町2−3






【篠山城地図】



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