新見藩/関家1万8千石:関長克 岡山藩と共に備中松山藩征伐に赴いた新見藩【幕末維新写真館】

新見藩/場所・アクセス・地図 関家1万8千石:関長克 岡山藩と共に備中松山藩征伐に赴いた新見藩【幕末維新写真館】

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【藩名】
新見藩

【説明】
元禄10年(1697年)、宗家の美作津山藩森家の廃藩に伴い、親族である「関長治」が美作宮川藩より移り新見藩を立藩した。初代藩主「長治」は新見の地に陣屋を構えて町を整備し、石高は1万8000石だった。

第3代藩主「政富」はこの厳しい財政を克服するために財政改革に取り組み、ある程度の成果を収めた。教育にも注力し、藩校「思誠館」を開いた。また、庶民に対しても学問を奨励し学資の補助を行った。以後も財政難は慢性的に続き、第5代藩主「長誠」は「丸川松隠」を思誠館に招聘した。この時、後の備中松山藩の改革者「山田方谷」もここに学んでいる。

長誠は松陰を藩政参与とし、藩政の改革に当たらせた。松陰は藩政の指南書『型典』を著し、以後これが藩政の手本となった。慶応4年(1868年)2月6日、新政府の要請にともない上洛し、新政府側に与した。新政府から備中国内の幕領管理を命じられたのを機に帰藩を願い出る。同年4月25日、備中国内の幕領管理の任務を解かれ、備前岡山藩と共に伊予松山藩征伐に参加した。

明治4年(1871年)、廃藩置県により新見県となり、深津県、小田県を経て岡山県に編入された。

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