大和五条藩/松倉家1万8千石:松倉重政 大坂の陣で戦功をあげたため肥前島原へ移封となり廃藩【幕末維新写真館】

大和五条藩/場所・アクセス・地図 松倉家1万8千石:松倉重政 大坂の陣で戦功をあげたため肥前島原へ移封となり廃藩【幕末維新写真館】

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【藩名】
大和五条藩

【説明】
「松倉重信(松倉右近)」は「筒井順慶」のもとで、「島清興(島左近)」と共に筒井家の片腕と呼ばれた名将であった。重信の死後、松倉家は子の「松倉重政」が継ぐが、順慶の後を継いだ「筒井定次」とそりが合わず浪人となる。関ヶ原の戦いで重政は「徳川家康」に味方して軍功を挙げたことから、大和五條1万石を与えられ、五條藩が立藩した。

重政は城下町づくりや諸役免除など、藩政の確立に尽力して商業町としての五條藩の基礎を整備した。重政は「大坂の陣」においても徳川家康に味方して軍功を挙げたため、元和2年(1616年)に肥前島原藩4万3000石に加増移封され五条藩は廃藩となった。

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