七尾藩/前田家21万5千石:前田利政 関ヶ原の戦いで西軍に与したため改易 兄利長に吸収された七尾城【幕末維新写真館】

【藩名】
七尾藩

【説明】
「織田信長」や「豊臣秀吉」に仕えていた「前田利家」は加賀藩100万石を築き上げた。利家は長男「前田利長」に家督と加賀の所領を与え、次男「前田利政」に能登七尾21万5000石を分与していた。利家の死の翌年、「関ヶ原の戦い」が起こると、利長は東軍(徳川家康)・西軍(石田三成)のどちらが勝利しても家名を存続出来るように利長は東軍につき、利政は西軍に与した。

七尾藩/場所・アクセス・地図 前田家21万5千石:前田利政 関ヶ原の戦いで西軍に与したため改易 兄利長に吸収された七尾城【幕末維新写真館】

そして「徳川家康」率いる東軍が勝利すると、利政は西軍に与したために改易され、その旧領は全て利長に与えられた。ここに加賀藩120万石が成立した。利政の子孫は、代々加賀藩に仕えている。

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七尾城は元和元年(1615年)の一国一城令で廃され、その頃、新たに「小丸山城」が築城されていたが築城半ばで廃城となった。

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【場所・アクセス・地図】






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