蔵王堂藩/堀家8万石:堀直寄 長岡藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

蔵王堂藩/場所・アクセス・地図 堀家8万石:堀直寄 長岡藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】
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【藩名】
蔵王堂藩

【説明】
慶長3年(1598年)に「上杉景勝」が会津に移封すると、かわって越後に入封した「堀秀治」の弟「堀親良」が4万石を与えられて「蔵王堂城主」となった。堀氏は慶長5年(1600年)の「関ヶ原の戦い」で東軍に味方し旧領を安堵された。ここに「蔵王堂藩」が成立した。

元和2年(1616年)「松平忠輝」が「大坂の陣」における不始末から除封されると、「堀直寄」が8万石をもって蔵王堂に入封した。しかし、直寄は「蔵王堂城」が信濃川に面して洪水に弱いことから、その南の信濃川からやや離れた長岡の地に「長岡城」を築城。その後城下町を移して「越後長岡藩」を立藩する。これにより「蔵王堂藩」は廃藩となった。

現在の蔵王堂藩陣屋跡(蔵王堂城跡)は蔵王公園として整備されている。

【場所・アクセス・地図】






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