舟戸藩/本多家1万5千石:本多正永 沼田藩・駿河田中藩へ移封のため飛地となる【幕末維新写真館】

舟戸藩/場所・アクセス・地図 本多家1万5千石:本多正永 沼田藩・駿河田中藩へ移封のため飛地となる【幕末維新写真館】
※この史跡はまだ評価がありません※

【藩名】
舟戸藩

【説明】
元禄元年(1688年)、本多正貫の孫の正永が寺社奉行になり1万石に加増されて大名となった。そして「舟戸藩」が立藩された。正永は元禄14年(1701年)に上総・下総国内において5000石を加増され、翌年、上野国沼田藩に移封となり舟戸は「沼田藩」の飛び地となった。

その後、本多氏は享保15年(1730年)に駿河国田中藩に移されたが、舟戸は田中藩の飛び地領として廃藩置県まで続いた。

【場所・アクセス・地図】






※※こちらの史跡のあなたの評価は?※※

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

口コミ情報 ~この史跡についてあなたが知っている情報をどんどんコメントして下さい~

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。


– PR –

FaceBook

ご挨拶

本ホームページは個人が趣味の範囲で公開しております。説明文や文言等が正確ではない部分もあるかとは思いますがご了承下さい。
ページ上部へ戻る